2010年の3月4日、長崎市の許可の元、テレビ番組の収録で、軍艦島に入った時に撮影した画像を紹介したいと思います。
その時の画像を元に、私の本の中の数点の作品がつくられました。

これから紹介するのは、「無人となった空間」ですが、その一枚一枚の中に、とてもあたたかなコミュニティの中で生活していた、子どもたちや人々の姿を重ねて見ていただければ、幸いです。

大廊下でつながれた16、17、18、19、そして20号棟は、まとめて「日給社宅」と呼ばれます。
炭鉱では以前、日給制をとっていた時代があり、この日給制で働く鉱員さんたちが入っていたことから、この名がつきました。
16号角321

大正7年に建てられた、この9階建てのアパート群。
近代建築の魁と言われた、東京・横浜の同潤会アパート群が、大正15年以降ですから、この日給社宅がいかに当時としては、先をいっていたかが、わかると思います。
ただの岩礁であった場所に人口岩盤・擁壁を築いて人工島を造り、地底1kmの深さ、数キロにも及ぶ坑道と10階にも及ぶ鉄筋コンクリート製の高層アパートの建設。
「軍艦島」は間違いなく、当時の三菱の、最高傑作でしょう!
DSCF3132

画像でわかると思いますが、陽当たりを考えて、フロアーを少しずつずらして造ってあります。
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