アトリエ隼 仕事日記

長崎の炭鉱・教会・対州馬などをご紹介しています。 多くの方が炭鉱時代の事を探しておられるますので、炭鉱記事へのコメントは、どうぞアドレスをお書き添えください。橋渡しいたします!

岩崎弥太郎

岩崎弥太郎の魂 ~ 三菱長崎造船所

NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、三菱関係者に「なりがあまりにも汚い」と不評だったという岩崎弥太郎。
その評価については、さておき、一代で三井・住友という伝統ある財閥に肩を並べる三菱を創設したという偉業を達成した弥太郎は、やはりすごいですよね。
その三菱の始まりとなった長崎造船所には、戦後間もない頃、弥太郎の不屈の精神をうかがわせるエピソードが残されています。
imagesCAMEQE4H






続きを読む

岩崎弥太郎が高島に開いた、北渓井坑

AMの2局で午前中、武田鉄矢さんが出ており、やはり龍馬の話をしていましたが、たっいへんに!面白いものでした。海援隊のコンサートでも、鉄也さんのハナシは抜群に魅力がありましたから、うなずけますが・・・。特に共感できた部分は、「戦後からのアメリカ型高度経済社会が終わったのが今、登りつめた所から、俯瞰しつつ降りるという貴重な時代である・・・・」みたいな話でした。

軍艦島ツアーのガイドの勉強でツアーに同行しました。ともかく端島に関われること、近くに行けることは本当にうれしいことです。

まずは高島へ上陸。バスで島内を巡ります。
これは↓「北渓井坑(ほっけいせいこう)跡。
takasima 1
「北渓井坑」とは・・・・・
江戸時代の高島(西彼高島町)は佐賀鍋島藩の領地で、深堀鍋島氏が支配していた。 島の石炭は宝永7年(1710)「平戸の五平太」が発見したという。のちに石炭は、瀬戸内地方に製塩の燃料をして売るまでになった。
 安政の開港で長崎入港の外国船が増えると、その燃料として石炭の需要が増大した。藩主直政は、高島の石炭を外国人との合弁で開発しようと、慶応4年(1868)藩と長崎のグラバー商会との間に事業契約を結ばせる。
 48メートルの深さに垂直に掘り下げた北渓井坑が設けられ、翌明治2年4月17日、厚さ8尺(約2.4メートル)の炭層に着炭。採炭にこぎつけた。巻き上げ・揚水用の蒸気機関を備え、波止場までレールも敷いた、日本で初めて洋式採炭法を取り入れた近代炭鉱である。
 明治7年、炭鉱はいったん官営となったのち後藤象二郎に払い下げられ、同14年(1881)になって岩崎弥太郎が買収し三菱の経営に移った。


弥太郎の死後、経営の中核となったのが、この高島炭坑と長崎造船所であり、いわば三菱のルーツであった場所と言って差し支えないと思います。

takasima2
高島港近くにある「岩崎弥太郎像」です。風頭の龍馬像に負けないくらい、どっしりと風格のある像です。ツアーのお客さんは若い女性が多かったのですが、「龍馬伝」の影響か、皆さん一斉にこの像を撮影していました・・・。

hasima2
高島炭坑資料館横にある軍艦島の模型です。

hasima1
そしてこれは高島南岸から見た端島(軍艦島)。大時化の時は波頭が島全体を覆い、島の姿が見えなくなったそうですが・・・。

hasima3
今回、上陸はしませんでしたが、船で出来る限り接近しました。

hasima4
この日、長崎は強風波浪注意報がでており、付近の海上は白波が立って荒れ模様でしたが、不思議と「ドルフィン桟橋」の近くだけは、凪いでいました。

hasima5
しかし、いったん島を離れると、この波しぶきです!





プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。




対州屋~写真のデジタル化




荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ

坂ん街の暮らし、応援します。
馬運・馬搬・作業萬ず/
「対州屋」(たいしゅうや)



記事検索
☆ FaceBook ☆