宗谷
1月15
昨日、1/14は南極に置き去りにされた、そり犬のタロとジロが一年ぶりに発見された日だそうです。
そのニュースが流れると、日本中で感動の嵐がを巻き起こったそうですが、そのタロとジロに関しては、長崎の香焼町と少し関わりがあります。

6次に渡る南極観測隊を乗せて行ったのが、上図に見える南極観測船「宗谷」ですが、この宗谷は長崎市香焼町(当時は西彼杵郡香焼町という島)にあった川南造船所(現在同地は三菱重工長崎造船所香焼工場)で建造されました。下は川南造船所の大ドックです。もともとこの宗谷は、ソビエト連邦向けの耐氷型貨物船ボロチャエベツとして建造されたのですが、その後諸々の事情により紆余曲折の末、南極観測船に改造されました。

宗谷甲板上に見えるタロ、ジロや他の樺太犬たちです。

現在、宗谷は東京・晴海の「船の科学館」に展示してあります。
・・・というようなことを、軍艦島ガイド時代、香焼島付近通過時にしておりました。
「長崎人物・歴史」 記事一覧
そのニュースが流れると、日本中で感動の嵐がを巻き起こったそうですが、そのタロとジロに関しては、長崎の香焼町と少し関わりがあります。

6次に渡る南極観測隊を乗せて行ったのが、上図に見える南極観測船「宗谷」ですが、この宗谷は長崎市香焼町(当時は西彼杵郡香焼町という島)にあった川南造船所(現在同地は三菱重工長崎造船所香焼工場)で建造されました。下は川南造船所の大ドックです。もともとこの宗谷は、ソビエト連邦向けの耐氷型貨物船ボロチャエベツとして建造されたのですが、その後諸々の事情により紆余曲折の末、南極観測船に改造されました。

宗谷甲板上に見えるタロ、ジロや他の樺太犬たちです。

現在、宗谷は東京・晴海の「船の科学館」に展示してあります。
・・・というようなことを、軍艦島ガイド時代、香焼島付近通過時にしておりました。
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プロフィール:江島 達也
長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236
以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。
長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
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荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ
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馬運・馬搬・作業萬ず/
「対州屋」(たいしゅうや)
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