アトリエ隼 仕事日記

長崎の炭鉱・教会・対州馬などをご紹介しています。 多くの方が炭鉱時代の事を探しておられるますので、炭鉱記事へのコメントは、どうぞアドレスをお書き添えください。橋渡しいたします!

三井松島リソーシス

九州最後の炭鉱「池島炭鉱」炭鉱体験のススメ

まず私の結論を述べておきます・・・「池島炭鉱体験」、軍艦島ツアーの10倍いいです!(私は、ですよ)

↓この島、池島ではありません。実は、昭和57年、まだ三菱高島鉱業所が操業を行っている頃の高島なのです。
軍艦島から、ほんの3kmぐらい手前にある、高島。もしこのような状態で今もあるとしたら、あなたは上陸したくないですか?・・・・・

残念ながら、高島では閉山後、鉱業所はもちろん、島内にあった鉱員アパートもほとんどが解体・撤去されてしまいました。
高島web

これが同時期に撮影された、池島。こちらも、もちろん三井松島鉱業所池島鉱が操業中でした。
ikesima fukan

で、これが現在の池島の俯瞰。くすんで見づらいですが、建物などはほぼそのまま残っているのが、おわかりでしょうか・・?
このような場所は、おそらく日本のどこにもないし(北海道では1鉱が稼働中ですが)、残されている鉱業所施設や炭鉱町、炭鉱アパート群などを見学できる場所という点では、まちがいなく唯一の場所と言えるでしょう・・・




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長崎で最後まで採炭した島~池島へ行こう

軍艦島ツアー・ガイドをしていたときに、ゲストの方から「炭鉱の遺構で、オススメの場所は?」とたずねられた時に、真っ先に紹介していたのが、↓この池島です。ある時、船の中で会った軍艦島研究で、ちと有名な?オープロジェクトのメンバーも、ここがお勧めだと、言っておりました。
画像は、昭和57年頃、まだバリバリに操業中の池島の様子です。
長崎県の最後の炭鉱として、平成13年まで操業を続けた島ですが、お勧めの第一の理由は、現在も、下の画像に見られる施設が、ほとんど残っている~つまり、行けば見られる・・ということです。
ikesima fukan

私の場合は、連載の取材で、この島を訪れたことが、「炭鉱」「炭鉱町」そして「炭鉱町に住んだ人々」との大きな出合い・・となりました。
もし、ここが閉山後、無人の島となっていたとしたら、まずここへ取材に行くことも無かったし、出合いというものもなかったと思います。
島に残る鉱員アパートは、ほとんどが無人となっていますが、実はまだ人が住まれているアパートもあるのです・・・・・
DSCF1091













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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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