それにしても「軍艦島(三菱高島炭鉱端島鉱業所)」のように超メジャーな炭鉱もあれば、この小佐々鉱のように、町史にすら一言も名前の記載されない炭鉱もあります。
しかし、どちらも危険極まりない地底に鉱員さんが降りていって炭を堀り、鉱員さんを支えた家族がそこで暮らしを営んでいた、ということに関しては何らかわりはありません・・・。
小佐々鉱を見落とさずにすんだのは、かろうじて「地質図」にその名が記載されていたからです。図には「kozasa」とありますが、これは正確には「kosaza」の間違いですね。
小佐々川を遡った平原(ひらばる)地区に小佐々鉱はありました。小さな鉱業所であったことがわかります。
オレンジの矢印が坑口で、計5ヶ所に記されています。青矢印は鉱業所事務所のあった場所です。

小佐々川を遡ると清流に沿って長閑な風景が広がりますが、やがてそれらしいコンクリートの構造物が目につきます。こちらは、地図で見ると下流側の坑口があった場所のようです。
こちらは川をはさんで西側、地元の方が住宅のあった場所だと教えてくれた地区にあったコンクリートの構造物です。これだけがっちり作ってありますから、何かしら特に重要な機械や設備が収まっていたことはまちがいありません。ボイラーかそういったものでしょうか・・
そしてやはり近くの地面には石炭片が散らばっています。
当時の建物は残っていませんが、中央に見える住宅は、当時の社宅をベースにしてあるようにも見えます。
道路に沿った低い石垣の続く場所・・。この上に鉱業所事務所があったそうです。大体どこの炭鉱も事務所のあった場所というのは、このような感じの石垣の上にあるケースが多いですね。
近くにはお地蔵様が祀ってありました。
右手の古い石段を登ると、「山口炭鉱殉職者慰霊碑」と彫られた石碑が立っていました。おそらく日鉄が買収する前の古鉱でしょう。ここは写真は撮らずに手を合わせて帰ってきました。
よくweb上で廃墟に入り込んで写真を撮っては冗談めいたコメントとともに紹介しているサイトをたまに見かけますが、そもそも「炭鉱」という場所は、こういった場所であり、そういう態度で写真を撮る行為がいかに罰当たりなことか、わかって欲しいと切に思います・・。またそういった領域に足を踏み入れていることをきちんと自覚できない人も、軽い探検気分の探索や撮影は本当によしておいた方がいいと思いますね。
坑口などは探せなくとも、炭鉱があった時代の生活を知る手立ては幾つも残されています。
ここなどは、おそらく鉱員さん家族などが利用した店舗跡ですね。店に残されてる「高利貸し」の看板が何とも切ないですが・・・。
さらに少し下った場所・・・。この風景を眺めていると、夏の暑い日に子供達が川で水遊びをしている風景が浮かんできます。もっとも炭鉱が景気よくなると、石炭を水洗した為に川は黒く汚れたらしいのですが・・・
また少し離れた場所には、今ではめったに見なくなった地蔵堂(お堂)がありました。昔、田舎の祖父母宅にいくと近くに地蔵堂があって、ばあちゃんが「たまに、かんじん様がおるとよ」と言っていたのを思い出します。昔の社会は問題もありましたが、こういう社会的に恵まれない人を置いておける、懐の深さというものもありましたね・・・。
小佐々鉱の開坑・閉山については記録がありませんが、日鉄矢岳鉱が閉山した昭和37年にはおそらく閉山しているものと思われます。
これが、地元郷土誌にも炭鉱史にも一切名前の出てこない、今のところweb上では全ての「日鉄小佐々鉱」に関する記録です。
*(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月)
*記事をご覧の皆様へ
皆様の心の通い合ったメッセージを拝読するたびに、「この記事を書いてよかった」と胸があつくなります。
やはり、故郷というものは、誰にとっても忘れることのできない、永遠のものであるということを教えてもらいました。
拙い記事ですが、これからも少しでも、皆様の旧交をあたためる場になれば幸いと願っております。
もし当時のお写真とか、記録など、何でもどういったものでも構いませんので、ございましたら、管理者まで、ご送付いただければ、記事の中に付け加えさせて頂ければと思っております。
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皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

















うちの近所なので、思わず書き込みさせていただきました。
最後の写真のお堂の対岸の山の方はぼた山でした。
そこの頂上で遊んでいると、近所のおばあさんから
「小佐々炭鉱のもんに勝手に入ったらいかん!」
とよく叱られたものです。