昔、ドイツに住む友人がおり、一緒にベネチアを旅した時、ある古いアパートの前にある表示を見て驚きました。
「ここはマルコ・ポーロが生まれた家(アパート)」 ・・・ざっと700年近く前で、日本なら鎌倉時代にあたります。
しかも著名人の生家だから保存しているわけでなく、何百年も残っている住居群の中にたまたま著名人がいたというだけのこと。
「そこまで残して!」とは言いません。湿度や建材・建築の違いはあるにせよ、日本では、あまりにも建物を壊してしまうのがはやすぎるのではないでしょうか・・・・
立ち退きが進み、間もなく「跡形も無く」取り壊されることがあきらかな、このアパート。このなんでもないアパートも、画像に見える家族にとっては子どもの節句を祝った、大事な故郷(ふるさと)なのです。

もちろん誰もがいつもそんなノスタルジックに毎日を送っているわけではありません。私もそうです。忙しい時、元気なとき、若いときにはその「故郷」を思い出すことすら難しい状況にあります・・・

「ここはマルコ・ポーロが生まれた家(アパート)」 ・・・ざっと700年近く前で、日本なら鎌倉時代にあたります。
しかも著名人の生家だから保存しているわけでなく、何百年も残っている住居群の中にたまたま著名人がいたというだけのこと。
「そこまで残して!」とは言いません。湿度や建材・建築の違いはあるにせよ、日本では、あまりにも建物を壊してしまうのがはやすぎるのではないでしょうか・・・・
立ち退きが進み、間もなく「跡形も無く」取り壊されることがあきらかな、このアパート。このなんでもないアパートも、画像に見える家族にとっては子どもの節句を祝った、大事な故郷(ふるさと)なのです。

もちろん誰もがいつもそんなノスタルジックに毎日を送っているわけではありません。私もそうです。忙しい時、元気なとき、若いときにはその「故郷」を思い出すことすら難しい状況にあります・・・

しかし、ヒトは自分の人生がもうそう長く続くものではないとふと悟った時・・・或いはどうしようもなく疲れ果て、自分が見えなくなってしまった時、自分にとっての「故郷(ふるさと)」を思い出し、そこへ帰ってみたいと思うのではないでしょうか・・・
幼い時、目の高さにあったなんでもない電気メーター・ボックス、郵便受け、コンクリートの壁・・・それらの視覚・触覚は、幼いがゆえに深く深く自分の中に染み込んでいたものでしょう。

階段を降りる都度に目にした光景・・・・朝・昼・晩・晴れた日・雨の日・誰もいない日・人であふれた日・・・
叱られて外に出された日は、風景が違って見えたでしょう。

部屋にいても聞こえていた、ブランコのキーコ、キーコ・・・
自分が乗っていたブランコの音と鉄の匂いは今でもはっきりと覚えています。

既に入り口を板で塞がれた棟の前に置き去りにされた自転車。持ち主が取りにくることもどうやら無さそうです・・・

いつもそこにあった「迷惑でない」生活の音。家族の声、お風呂の水音、リコーダーの練習、だれかのくしゃみ・・・全てが消えてしまいます。
料理のにおいも、人の往来も、犬の鳴き声なんかも、すべて。もちろん夜になっても灯りがつくことはありません。
こうして、またひとつ誰かの故郷(ふるさと)が、静かに消えてゆくのでしょうか・・・
(長崎市浜口町)

こんなにも鉄筋の入ったコンクリート造の建物をパワーショベルで押し潰して。
(長崎市滑石3丁目)

生活の跡を消してゆきます。手がかりすらも残さずに。

この場所が・・・

たった40~50年で、こうなってしまうなんて、信じられません。
(西海市崎戸町蠣浦郷)

土台、無理な話なのはわかってはいます・・・
(西海市大島町間瀬)

しかし、もう人生が残り少ないと知った人が、「ここが故郷だ!」とわかったならば、また心豊かに残りを歩き始めることができるかもしれません。疲れきり、自分を見失った人は、自分を取り戻すことができるかもしれません。
(佐世保市江迎町田ノ元)

たとえなんでもないアパートや社宅でも、「故郷(ふるさと)」には、そういう力があると思うのです。
(北松浦郡佐々町平野免)

私の故郷もブルドーザーに踏み潰され、永遠に消えてしまいました。もう一度、あそこに帰ってみたいと思います。あの故郷をなつかしく思い出します・・・。
(佐世保市吉井町福井)

幼い時、目の高さにあったなんでもない電気メーター・ボックス、郵便受け、コンクリートの壁・・・それらの視覚・触覚は、幼いがゆえに深く深く自分の中に染み込んでいたものでしょう。

階段を降りる都度に目にした光景・・・・朝・昼・晩・晴れた日・雨の日・誰もいない日・人であふれた日・・・
叱られて外に出された日は、風景が違って見えたでしょう。

部屋にいても聞こえていた、ブランコのキーコ、キーコ・・・
自分が乗っていたブランコの音と鉄の匂いは今でもはっきりと覚えています。

既に入り口を板で塞がれた棟の前に置き去りにされた自転車。持ち主が取りにくることもどうやら無さそうです・・・

いつもそこにあった「迷惑でない」生活の音。家族の声、お風呂の水音、リコーダーの練習、だれかのくしゃみ・・・全てが消えてしまいます。
料理のにおいも、人の往来も、犬の鳴き声なんかも、すべて。もちろん夜になっても灯りがつくことはありません。
こうして、またひとつ誰かの故郷(ふるさと)が、静かに消えてゆくのでしょうか・・・
(長崎市浜口町)

こんなにも鉄筋の入ったコンクリート造の建物をパワーショベルで押し潰して。
(長崎市滑石3丁目)

生活の跡を消してゆきます。手がかりすらも残さずに。

この場所が・・・

たった40~50年で、こうなってしまうなんて、信じられません。
(西海市崎戸町蠣浦郷)

土台、無理な話なのはわかってはいます・・・
(西海市大島町間瀬)

しかし、もう人生が残り少ないと知った人が、「ここが故郷だ!」とわかったならば、また心豊かに残りを歩き始めることができるかもしれません。疲れきり、自分を見失った人は、自分を取り戻すことができるかもしれません。
(佐世保市江迎町田ノ元)

たとえなんでもないアパートや社宅でも、「故郷(ふるさと)」には、そういう力があると思うのです。
(北松浦郡佐々町平野免)

私の故郷もブルドーザーに踏み潰され、永遠に消えてしまいました。もう一度、あそこに帰ってみたいと思います。あの故郷をなつかしく思い出します・・・。
(佐世保市吉井町福井)

















私も転勤族でしたから、あちこちのアパートに住みました。
久しぶりにそこを訪ねると、更地になったり、でかいビルが建っていたりと、昔の面影がなくなっていることがしばしばです。
大切な記憶に中にぽっかりと穴が開いたような気分です。
何でも残せとはいえませんが、不必要な開発や都市計画と称して行う事業を見直したら、ずいぶん助けられるものがあるでしょうね。