現在、大きな街となっている佐世保市・相浦(あいのうら)地区は元々、北松浦郡山口村であり、昭和5年に北松浦郡相ノ浦町と改称、同13年に佐世保市に編入されました。
資料によると相ノ浦炭鉱は、大正8年にはその存在が確認されています。
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埋め立てにより上の地図とはまったく海岸線が異なっていますが、現在の中央卸売市場付近が相ノ浦炭鉱のあった場所です。
コンクリートの壁の向こうが貯炭場で、かつてはこの場所に黒々とした石炭の山がありました。ここは相浦港の目と鼻の先にあるので、閉山後は他鉱の貯炭場としてもずっと使われたことでしょう。
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市場の車が停まっている駐車場あたりが洗炭場でした。
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日本炭鉱(日炭)による五尺坑は、昭和24年1月正面に見える茂みの中に開坑されました。近所の方のお話では、以前は坑口跡が残っていたそうです。もしかするとまだ茂みの中には何らかの遺構があるのかもしれません。

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付近にあった小さな畑。ボタ石で組んでありますね・・・
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昭和29年8月31日の閉山から57年・・。少し離れた場所にはわずかながら炭鉱町の風情が残っていました。その場所から見た坑口方面です。
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ここは現在は物置として使用されているようでしたが、かつては商店か公民館のような場所であったと思われます。盆栽の鉢がきれいに並べられていました。
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無人でかなり崩れかけていましたが、炭鉱住宅特有の造りをした建物が1棟残っていました。長屋の造りですが、2階建てであり、かなり大きなものでした。ここもやがては取り壊されてゆくものと思われます・・
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鉄の部分が錆びてぼろぼろに朽ちてしまった掲示板とバス停。ここに多くの人の生活があり、賑やかだったことを示すひとつの証しですね・・・。
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「佐世保・北松炭田にあった炭鉱」 記事一覧

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(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月


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やはり、故郷というものは、誰にとっても忘れることのできない、永遠のものであるということを教えてもらいました。
拙い記事ですが、これからも少しでも、皆様の旧交をあたためる場になれば幸いと願っております。
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