飽の浦(あくのうら)教会。三菱重工長崎造船所の近くにあるこの教会は、かつて五島・伊王島・外海などから工員募集で出てきた信徒たちによって発展してきた小教区にある教会です。

教会が持つ保育園・親愛園は大正15年の開設であり、長崎教区にある保育所としては最も古い歴史を持っています。
離島などから出てきたということは、近くに子どもを預ける親や親戚もいなかったということで、この互助施設が早い時期からつくられたということでしょう・・・

またこの飽の浦教会と親愛園は個人的に教師時代の校区にあったということで、生徒の保護者さんが亡くなった時に教会での葬儀に出たこともありますし、保育園では「総合的な学習・保育ボランティア体験学習」として生徒たちを連れ、何度も訪れた場所でした・・・

ここでは校舎の中ではけっして見られない生徒の表情を沢山みることのできた、思い出深い場所です。

教会が持つ保育園・親愛園は大正15年の開設であり、長崎教区にある保育所としては最も古い歴史を持っています。
離島などから出てきたということは、近くに子どもを預ける親や親戚もいなかったということで、この互助施設が早い時期からつくられたということでしょう・・・

またこの飽の浦教会と親愛園は個人的に教師時代の校区にあったということで、生徒の保護者さんが亡くなった時に教会での葬儀に出たこともありますし、保育園では「総合的な学習・保育ボランティア体験学習」として生徒たちを連れ、何度も訪れた場所でした・・・

ここでは校舎の中ではけっして見られない生徒の表情を沢山みることのできた、思い出深い場所です。




















3月には宝亀小学校の閉校式典・記念碑除幕式・懇親会に参加し,懐かしい顔にたくさん出会ってきました。
本当はその席で当時すごく仲良くしていただいた宝亀教会の神父さんだった方に会いたく,ネットで捜し出して声をかけたり,閉校式典の案内をそのままFAXしてお知らせしたのですが,教会の土日のあまりの多忙さで残念ながら行けないということでした。
その神父さんは,宝亀小学校での地区学校保健委員会などあらゆる会議に参加していただき,また,私か異動で平戸を離れるときには,最後までつきあってくださった方で,先日電話で懐かしく話したところでした。
その方が,現在,飽の浦教会の神父さんなのです。