大正9年村井鉱業が開さく、昭和に入り野上鉱業に譲渡、昭和10年からは沖の山炭鉱株式会社が継承。
昭和19年中島鉱業が買収、後に中興鉱業となります。

今回は、福島町歴史民俗資料館に展示してあった、「中興鉱業」時代の案内パンフレットで、紹介したいと思います。
その方が、より当時の炭鉱を知る手掛かりになると思いますので・・・・
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発行された年代がはっきりしませんが、資料に43年に完成した第2坑のやぐらの写真があることから、昭和45年前後ぐらいか・・・と推察されます。「ビルド鉱」・・・能率がよく、採算のとれる炭鉱ということですね。
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第1竪坑やぐらは、昭和36年完成。地上40m、地下360mとあります。
第2竪坑やぐらは、海を隔てた松浦市今福町にあります。地下坑道は、完全に海面下でつながっていたわけですね。
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各炭鉱が労働力確保の為に力を入れたのが、住宅設備でした。
パンフレットには、「都会なみの生活水準と生活内容」 「家賃・入浴料は無料」 「電気代・水道代は市価の半値以下」・・・という言葉が見えます。
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小学校2校と中学校1校・・・これは今も存続しています。(養源小・福島小、福島中)
確かに自然は豊かですね。
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これも炭鉱町の特色と言えると思いますが、スポーツや文化活動が大変、盛んであったようです。「中興文化会」という文字が見えます。
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職種や福利厚生について記した頁ですね。
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福島炭鉱の大部分は、国家石油備蓄基地になっており、立ち入るどころか、近づくこともできません。町並みに、なんとなく雰囲気のみを残しているだけですが、これは当時の景観とはおそらく、全くかけ離れたものになってしまっていることでしょう。
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「佐世保・北松炭田にあった炭鉱」 記事一覧



(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月

*記事をご覧の皆様へ

皆様の心の通い合ったメッセージを拝読するたびに、「この記事を書いてよかった」と胸があつくなります。
やはり、故郷というものは、誰にとっても忘れることのできない、永遠のものであるということを教えてもらいました。
拙い記事ですが、これからも少しでも、皆様の旧交をあたためる場になれば幸いと願っております。
もし当時のお写真とか、記録など、何でもどういったものでも構いませんので、ございましたら、管理者まで、ご送付いただければ、記事の中に付け加えさせて頂ければと思っております。
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