厳密に言うと、通常伊王島と呼ばれているのは、伊王島と沖ノ島の2島をさすものであり、2島は、船上から見る限りではひとつの島に見えますが、実は川幅ぐらいの瀬戸で隔てられています。
馬込天主堂は、別名沖ノ島天主堂の名がある通り、沖ノ島のキリシタン集落に建てられた教会です。
軍艦島ツアー・ガイド時代は、そこまで説明するのもなんなので、「かくれキリシタン(厳密には潜伏キリシタン)の時代から、今も尚、多くのカトリック信者の方が暮らす島で、島の人口におけるカトリック信者の方の割合が日本一高い時代もあった・・・」とアナウンスしていました。


馬込天主堂は、別名沖ノ島天主堂の名がある通り、沖ノ島のキリシタン集落に建てられた教会です。
軍艦島ツアー・ガイド時代は、そこまで説明するのもなんなので、「かくれキリシタン(厳密には潜伏キリシタン)の時代から、今も尚、多くのカトリック信者の方が暮らす島で、島の人口におけるカトリック信者の方の割合が日本一高い時代もあった・・・」とアナウンスしていました。


その伊王島、間もなく橋が開通します。
元、キリシタンと炭鉱の島・・・ということで、この馬込天主堂は、そのシンボル的な役割を果たすことになるのでしょう。

この教会を訪れた時、入り口は施錠されており、中に入ることができませんでした。通りがかったツーリストが、「土日しか開放していないみたい」と教えてくれました。
観光客に、どんどん入って欲しくない・・ということか、と思いましたが、これは大変残念なことでした。
私のような邪気にまみれた者でも、天主堂という空間に身をおくと、不思議に、何かに祈りたいような気持ちにおそわれるものです・・・
その不思議な感覚こそが、教会という存在なのだ・・と思いますので。

またこの教会、炭鉱で栄えた時代には、約8,000人もの島民たちの賑わいを見てきた教会でもあります。
教会のすぐ下の埋め立て地には、ご覧のように沢山の坑木が積まれていました・・・・(昭和37年)

教会のすぐ右横に見えるのが、「日鉄伊王島鉱業所」の施設群です。
右端に見える白いアパート群の場所は、現在「やすらぎ伊王島」という、天然温泉の出る保養施設になっています。
手前の港からは、軍艦島ツアーの船も何便か出ているようです。

教会と鉱業所跡の間にあるキリシタン墓地。もし伊王島へ行くようなことがあれば、ぜひ鉱業所の跡地なども訪ねてみてください。
きっとこの島のもうひとつの素顔が見えてくるはずです・・・・

日鉄伊王島鉱跡は、こちらで・・

元、キリシタンと炭鉱の島・・・ということで、この馬込天主堂は、そのシンボル的な役割を果たすことになるのでしょう。

この教会を訪れた時、入り口は施錠されており、中に入ることができませんでした。通りがかったツーリストが、「土日しか開放していないみたい」と教えてくれました。
観光客に、どんどん入って欲しくない・・ということか、と思いましたが、これは大変残念なことでした。
私のような邪気にまみれた者でも、天主堂という空間に身をおくと、不思議に、何かに祈りたいような気持ちにおそわれるものです・・・
その不思議な感覚こそが、教会という存在なのだ・・と思いますので。

またこの教会、炭鉱で栄えた時代には、約8,000人もの島民たちの賑わいを見てきた教会でもあります。
教会のすぐ下の埋め立て地には、ご覧のように沢山の坑木が積まれていました・・・・(昭和37年)

教会のすぐ右横に見えるのが、「日鉄伊王島鉱業所」の施設群です。
右端に見える白いアパート群の場所は、現在「やすらぎ伊王島」という、天然温泉の出る保養施設になっています。
手前の港からは、軍艦島ツアーの船も何便か出ているようです。

教会と鉱業所跡の間にあるキリシタン墓地。もし伊王島へ行くようなことがあれば、ぜひ鉱業所の跡地なども訪ねてみてください。
きっとこの島のもうひとつの素顔が見えてくるはずです・・・・

日鉄伊王島鉱跡は、こちらで・・
















