新聞の連載を持っていた時、対馬を舞台に描く回で、どうしても背景にしたかったのが、「石屋根」でした。
対馬で石屋根というと、「椎根(しいね)の石屋根」という言葉がセットとなっているほど、厳原町椎根地区にある↓下の石屋根が超有名です。

しかし、言ってはナンですが・・・
私は、この石屋根はあんまり好きではありません。
なぜなら「現役として使われていない、保存された石屋根」だからです。
私が好きなのは、↓このような「現役の」ものなのです・・・(厳原町阿連)

対馬で石屋根というと、「椎根(しいね)の石屋根」という言葉がセットとなっているほど、厳原町椎根地区にある↓下の石屋根が超有名です。

しかし、言ってはナンですが・・・
私は、この石屋根はあんまり好きではありません。
なぜなら「現役として使われていない、保存された石屋根」だからです。
私が好きなのは、↓このような「現役の」ものなのです・・・(厳原町阿連)

そもそもこの石屋根、字のごとく薄く割った石で屋根をふいたもので、住居ではなく、農作物や穀物などの倉庫の屋根に使用されています。
対馬南部の西海岸を南下すると、この石屋根が現れてきます。
(美津島町・今里)

このなんとも芸術的な石の組み方が、たまりません。
(厳原町・椎根付近)

このように、傷みがはげしいものも、愛着が持てます・・
(厳原町・椎根付近)

途中で見かけた、懐かしいタイプの揺りかごとたいこ橋。私の世代には、ストライク・・・ですね。^^

これは、阿連の消防車、いいですね~!・・・これも風景遺産のひとつでしょう。

最終的に、作品に描いたのは、厳原町阿連(あれ)で見つけた、この石屋根です。この石の組み方、色合い・・・なんとも言えません!

持ち主の方がおられたので、ちょっとお話を聞いてきました。石屋根は手入れが大変なので、やめてしまう(つぶしてしまう)人が多いそうです。
この倉庫の石屋根も、近くでやっていた土木工事の重機の振動で、かなりズレてきたそうです。

それにしても、このようなすばらしい、対馬らしい文化遺産がなくなっていくのは、なんとも惜しいものです。
↓朽ちていく石屋根

そして、やはりいつか対馬で見てみたいのは、この石屋根の前を歩く対州馬の姿です・・・・
今なら、まだ両者とも保存が可能です。
(画像は、昭和30年代、・・・・This is Tsushima!ですね!)

対馬南部の西海岸を南下すると、この石屋根が現れてきます。
(美津島町・今里)

このなんとも芸術的な石の組み方が、たまりません。
(厳原町・椎根付近)

このように、傷みがはげしいものも、愛着が持てます・・
(厳原町・椎根付近)

途中で見かけた、懐かしいタイプの揺りかごとたいこ橋。私の世代には、ストライク・・・ですね。^^

これは、阿連の消防車、いいですね~!・・・これも風景遺産のひとつでしょう。

最終的に、作品に描いたのは、厳原町阿連(あれ)で見つけた、この石屋根です。この石の組み方、色合い・・・なんとも言えません!

持ち主の方がおられたので、ちょっとお話を聞いてきました。石屋根は手入れが大変なので、やめてしまう(つぶしてしまう)人が多いそうです。
この倉庫の石屋根も、近くでやっていた土木工事の重機の振動で、かなりズレてきたそうです。

それにしても、このようなすばらしい、対馬らしい文化遺産がなくなっていくのは、なんとも惜しいものです。
↓朽ちていく石屋根

そして、やはりいつか対馬で見てみたいのは、この石屋根の前を歩く対州馬の姿です・・・・
今なら、まだ両者とも保存が可能です。
(画像は、昭和30年代、・・・・This is Tsushima!ですね!)

















馬」を開いている」記事を見て"対馬の石屋根"を検索しました。多くの石屋根の写真をきれいに撮られて紹介されています。
---厳原町椎根地区にある↓下の石屋根が超有名です。---そうですか。厳原町椎根の石屋根の写真、何度もこれらの写真を眺めています。プロフィールを見ますと現在"イラストレータ" 写真の撮り方もそのセンスで切り取っているのかなと納得するいい写真だと思います。
http://www.hayabusa-studio.com/profile.html
ここに載っている駅のホームに止まっている電車のイラストはその昔「週刊新潮」の表紙を飾っていたほのぼのとしたイラストを想起させてくれます。
ここに載っている他の長崎の紹介記事楽しませてもらいます。
愛知県知多郡