二十六聖人が上陸した時津は、空港行きの船が発着する埠頭があり、学生時代より何度も足を運んだ場所でした。しかし、乗船した東彼杵の地は、一度も行ったことがありませんでした。

第一、時津の場合は埋め立てにより、当時の海岸線はまったく変わってしまっているので、こう言ってはなんですが、まったく何の感慨も感じられません。だから無意識的に、乗船の地である東彼杵の方にも関心が無かった・・・と言っても過言ではありません。

同町の法音寺郷という場所へ取材に行った帰りに、この場所へ行ってみることにしました。

意外や、時津とはまったく異なる景観がそこには、ありました。大袈裟な言い方かもしれませんが、「昨日、26聖人が船に乗った」と聞いても不思議ではないくらい、昔と変わらない(と思わせる)景色が広がっていました・・・。
DSCF4173

近くには、碑と説明版があるのみです。
DSCF4168

413年前という年月が、そう昔ではない・・・という気さえ起きてきます。
DSCF4167

碑の基部に埋め込まれたイラスト板です。
DSCF4171

キリシタン弾圧のきっかけとなったという「サン・フェリペ号事件」というのも。なんとも根拠の薄い事件だと、思わずにはいられません。
DSCF4170

乗船場の近くには、昔から変わらないであろう静かな町並みがあります。
DSCF4174

乗船の地から海とは反対方向を見た図です。この景観も、道や橋がコンクリートになっている以外は、大して変わっていないのだろうと思われます。
DSCF4177

乗船の地近くにあった公営住宅です。景観を邪魔しない造りです。
DSCF4175

長崎の県内を歩けば歩くほど、各地の街(集落)のおこりとカトリックの歴史とは色濃く関わっていることがわかります。
自分の住む長崎市の街も、もとはと言うと、大村藩がイエズス会に寄進したことが始まりですから、言い換えると「ポルトガル人の宣教師、伝道師たちが造った街」ということになります。
そういうことを考えながら、この地を後にしました。