何故こんなにも「端島」へ惹かれるのか・・・ということをつらつらと考えていたのですが、それは例えると・・・自分が幼い頃住んでいたアパート群が、何十年も前に壊されたはずと思っていたのに、実は保存されてあった!・・・みたいなものじゃないかという気がしています。私が物心ついた頃住んでいたのは、「住吉文化アパート」と呼ばれ、それぞれの棟に「はやぶさ」や「ちどり」「かもめ」等の鳥の名前が付いていました。もちろん端島のように棟が多くて接近していたわけではないけど、間取りやコミュニティーの在り方などはよく似ています・・・・。私の絵師としての屋号は「隼(はやぶさ)」なのですが、この名のつくアパートにいたからであり、それを選んだのは、その頃の地域社会がやはりすばらしい思い出であった為です。
「江戸しぐさ」に出会い、その確証?を長崎のあちこちで探し続け、その厳然たる確証を端島とその記録に見つけた、その興奮であることは、まちがいないようです。
私の故郷であるアパート群は残念ながら跡形もなく潰されてしまい、その上には大型商業施設が建っているのですが、思い起こせば、その敷地自体が端島のような「島」であった記憶があります。

「軍艦島・西彼炭田の炭鉱」 記事一覧
「江戸しぐさ」に出会い、その確証?を長崎のあちこちで探し続け、その厳然たる確証を端島とその記録に見つけた、その興奮であることは、まちがいないようです。
私の故郷であるアパート群は残念ながら跡形もなく潰されてしまい、その上には大型商業施設が建っているのですが、思い起こせば、その敷地自体が端島のような「島」であった記憶があります。

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