アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

永井隆

「この子を残して」 永井 隆著の初版本

ふらっと古本やに立ち寄ったら、永井 隆さんの「この子を残して」の初版本が、500円で売ってました。
確かに傷みもひどいし、書き込みもしてありますが、それにしても500円とは・・・・・
まぁこれも長崎ならでは、と言えば、言えなくもないのですが・・・
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「この子を残して」は、昭和23年、つまり博士が亡くなる3年ほど前に、発行されています。
これは、同本に掲載されている、在りし日の3人の姿です。
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永井博士と言えば、数年前、自分のラジオ番組で、お孫さん(長男、誠一さんの息子さん)である永井 徳三郎さんとお話させて頂いた後、送られてきた下の葉書の絵と文が非常にマッチしていて、うれしかったのを思い出します。
まるで、永井博士本人から頂いたような気がして・・・その葉書を額に入れてずっと仕事場に貼っています。
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本当に、永井博士は、「画家」としても非凡な才能を持っている・・・言い換えれば、「心に届くいい絵」を描かれています。
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永井隆博士の随筆

昨日の激悪の体調からなんとか回復し、遅れを取り戻すために作業に向かいました。
この時季というのもあるのですが、制作に疲れた折、永井隆博士の随筆に数頁或いは数行ずつ目を通しています。(孫の永井徳三郎さんとラジオで話した時に、博士の著書の全てに目を通したい!と言ったことも気にかかっておりまして・・・)
博士は被爆後、病状が悪くなってからは文章を書いたり絵を描いたりして、それが収入の全てだったわけです。そういったものでお金を貰うということについては、当時色々と誤解や偏見もあったようで・・・随筆を読むとその当時の心中をうかがい知ることができ、大変興味深いものがあります。

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男鹿和雄さん画の如己堂と永井隆博士。
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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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