アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

教会・カトリック史跡等

水面に映える白亜の教会~中ノ浦教会(新上五島町)


新上五島町中ノ浦にある中ノ浦教会。
上五島空港が事実上閉鎖されている現在、旅人が奈良尾港から上陸し、北上する時にまず最初に目にするのが、この中ノ浦教会だろうと思います。
小さな入江のそばにたつ同教会は、その白壁が水面に映り、何とも美しいその姿で旅人の心を癒してくれます・・(写真を撮った時は潮位が下がっていました)。
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穏やかな内海、緩やかな山稜・・・・「幸福」に充ち満ちた風景が続きますが、この教会がある地区は、明治初年におけるキリシタン弾圧「五島くずれ」の中でも激しい弾圧が行われた場所でした。
その弾圧に耐えた信徒たちの血と信仰の強さを象徴するかのような五島つばきの赤い色が印象的です・・・
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諸外国から猛抗議を受けるという形で実現した、明治6年の「キリシタン禁教の高札撤廃」ですが、一説によるとそれは外国人居留地の近くだけで、地方では状況は一向に変わらなかった・・・と言われています。
おそらく離島のこのような地区では、旧態依然としたものであったに違いないでしょう・・・。
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長い弾圧が終わり、争いや戦が終わって、やっと平和が戻ってきたこの地ですが、少子化か過疎化か、一人また一人と人が去くことになりました。
そしてこの近くにあった上荒川小学校も閉校となってしまいました。時の流れの儚さを感じますね。

上五島へ~廃校となった若松町立上荒川小学校

教会も旧校舎もずっとこの地にあって欲しいと願うばかりです・・・。

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かつて炭鉱町の信徒によって支えられた大加勢教会

佐世保市(旧北松浦郡)鹿町・下歌ヶ浦にある大加勢(おおかせ)教会。
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日鉄鹿町炭鉱の炭鉱町にあったこの教会は、鉱員さんに多かったという信徒さんを大勢抱えていました。特に外海や浦上から移ってきた信徒さん達が多かったといいます。写真は当時の大加勢教会と炭鉱町の子どもたちです。教会は昭和22年に建てかえられていますが、基本となるデザインは昔のままです。
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26聖人上陸の地 ~ 西彼杵郡時津町

1597年2月4日、寒さの厳しい深夜。26聖人を乗せた小舟は大村湾をわたり、ここ時津の港に着きました。もちろん宣教師たちキリシタンを西坂の丘で処刑するためです。

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一行を乗船させた東彼杵郡東彼杵町の「乗船の地」が当時とほとんど変わらないと思われるのに対し、ここはまったくもって違う場所となってしまっています・・・



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ひとつの墓石が語りかけてくるもの・・・

長崎市外海(そとめ)地方黒崎にあるキリシタン墓地を歩いていた時に見かけたひとつの墓石です。
キリシタン墓碑として特徴的な事ですが、墓石が寝かせてあります。この地方で採れる薄い石で作ってありますが、どうしたことか割れてしまっています。そしてその上には木の棒を重ねただけの十字架と最近備えられたと思わしき水瓶。
けっして立派とは言えないお墓ですが、このひとつの墓石は多くのことを語ってくるような気がしました・・・・
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今も海辺のマリア像前で少女が賛美歌を捧げている、神ノ島教会

神ノ島教会の立つ神ノ島地区はその名の通り、ひとつの独立した島であったのですが、現在では埋め立てにより地続きとなっています。便利になった分、最近ではドラマ「愛し君へ」などのロケ地などになったりもしましたね。
神ノ島教会は大浦天主堂、出津教会、大野教会についで4番目に古い歴史ある教会です。
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その神ノ島教会から少し離れていますが、海に突き出た岩の上に4m60cmものマリア像が海を向いて立っています。フランシスコ・ザビエル渡来400周年を記念して昭和24年に建てられたものですが、海を向いて立っているということは、長崎港を出入港する全ての船の航海安全を祈っているわけですね。
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マリア像が見ている先には蔭ノ尾島がわずかに残っています。かつては画面左の長刀鼻に英国人が設計した灯台が立っており、その近くには蔭ノ尾教会がありました。(その後移転し、香焼教会となりました)
神ノ島と蔭ノ尾島はとも長崎港入り口にあるキリシタンの島として多くの船舶を見守ってきたのですね。おそらくこの教会とマリア像を見てほっとした外国人船員も多かったことでしょう・・・
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蔭ノ尾島は工場に呑み込まれてしまいましたが、神ノ島には今でも多くの信者の方が生活をされており、信仰を守り続けています。写真は「神ノ島岬の聖母祭」のものだと思いますが、今でも朝と夕方には信者の小学生たちが、この聖母像前で賛美歌を捧げているといいます。
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歴史は今にずっと繋がっている・・ということを思わずにはいられません。



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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ

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