アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

音楽

「 七つの水仙 」 ブラザース・フォア

ひと月前くらいから、なぜかこの曲が頭の中に時々浮かんできます。なぜかは、わかりません。
正月、実家に帰った時に、ブラザース・フォアのCDが目に入ったので、この曲をボリュームを大きくして聴いてみました。
・・・やっぱりよかった。
曲をかいたのは、リー・ヘイズという人物。
反戦フォークシンガーであり、また政治活動家であって、アメリカ当局からブラック・リストに挙げられるということもあったようです・・・。
この人物のことを詳しく読んでみたいのですが、英語版のwikipediaしかなく、私の英語力の弱さを今更ながら、恨めしく思いました・・・。

「 七つの水仙 」 1957年 作詞・作曲リー・ヘイズ  訳詞:江島

I may not have mansion,
わたしは豪邸なんて持てない

I haven't any land
土地も持っていない

Not even a paper dollar to crinkle in my hands
しわくちゃにするドル札すら持ってない

But I can show you morning on a thousand hills
でもわたしはあなたに
1000の丘にのぼる朝を
見せてあげられる


And kiss you and give you seven daffodils
そしてキスと7つの水仙をおくろう

I do not have a fortune to buy you pretty things
あなたにアクセサリーを
買ってあげられる富もない

But I can weave you moonbeams for necklaces and rings
でもわたしはあなたに
月の光を織って
ネックレスや指輪を
つくってあげられる


And I can show you morning on a thousand hills
それからわたしはあなたに
1000の丘にのぼる朝を
見せてあげられる


And kiss you and give you seven daffodils
そしてキスと七つの水仙をおくろう

Oh seven golden daffodils all shining in the sun
陽光に輝く金色の七つの水仙は

To light our way to evening when our day is done
一日の終わりの夕暮れ時に
私たちの帰り道を照らしてくれる


And I will give you music and a crust of bread
そしてわたしはあなたに
ひとかけらのパンと音楽を・・・


And a pillow of piny boughs to rest your head
それから松の枝の枕をおくろう
あなたが休むための枕を・・・



「親父の一番長い日」「案山子」 さだ まさし

今年のワールドカップの一番の思い出は、息子と一緒にTV観戦できたことでした。深夜の放送帯では全部観るのは無理でしたが、それでも「観たい!」と言っていた気持ちがうれしかったりしました。自分の少年時代とやっと息子の代とがつながった感じというか・・・。
そしてキャプテンの長谷部という選手は記事にもピックアップされていましたが、本当に誠実な人柄がにじみ出ていて、好感が持てました。
試合前、エスコートの子どもに何やら話しかけてやってる姿が確認できたのは、この長谷部選手だけでした。またドイツリーグ、ブンデスリーガに帰っても頑張ってほしいものです。

ついこの間まで、下の子はべったりひっついて、離れない子?でした。
時間があると、毎日のように量販店の中にあるペットショップへ子犬や小動物を見に行ってました。それは、二人で無料のミニ・動物園に行っている・・・という感覚でした。今ではその子も、もう学校から帰ると友達のところへすぐ行ってしまうようになりました。
子どもが育つということは、同時に親からの距離も徐々に離れていくことであり、それは大事なことなのだけど、思ったより「その時は」突然?であり、そこに戸惑ってしまう・・・というのが実感です。
この間死んだネコも、前日まで歩きまわっていました。 「何かが変わる」というのは本当に「あっと言う間」・・・・・のような感じがします。
そういうのは、多分いつまで経っても慣れることはないのでしょうが。

さだまさし氏の↓、この2曲が今、「親」として本当に身にしみます・・・・・。
そして、この2曲、個人的に日本の文化遺産的な楽曲であるように思うのですが・・・・・・

「親父の一番長い日」



「案山子」

「 Piano Man 」 Billy Joel

『 Piano man  』 Billy Joel




父はユダヤ系のドイツ人。母親はイングランドの出身。
一家はナチス・ドイツの迫害から逃れるためにアメリカへ移り住んだそうです。
教師時代に免許外担当教科として英語を担当した時に、Billy Joelの楽曲を使った記憶があります。彼の英語がとても聞き取りやすい英語だったので・・・。またALTという英語のネイティブと英語教師との学習キャンプにおいては、やはりBilly Joelのこの「Piano man」を使ったエクササイズがありました。

ナチスから人種迫害を受けた一家でしたが、せめて「人間としての尊厳」だけは守り通そうという信念の元、母親は「Queen's English」と呼ばれる、綺麗な発音の英語をBillyに伝えたのではないでしょうか!?
これは、私の推測にすぎないのですが・・・・・。

「You light up my life」 リアン・ライムス

高校時代の友達が、CDを送ってくれました。彼は中学時代から曲を作り始めて、大学時代から音楽活動をやった男でして・・・昔はよく一緒に遊んだり飲んだりした友達だったのですが、彼の音楽をじっくり聴いたことがなかったので、非常に楽しみなものがあります。

たまたまyoutubeでヒットした、リアン・ライムスの「You light up my life」。最近はなんか、ルックスばかりのアーティストが多いような気がしますが、この人のような本当に上手いシンガーというのは、聴いていてホレボレ?しますね・・・。溜息が出ます。決してこの人のルックスが悪いという意味ではもちろんないのですが。



「 My lonely town 」 B'z

市内の中学校で入学式の模様。今日見かけたのは、岩屋、片淵、東長崎の各中学校の新入生とお母さんのペア姿。特に男子のブカブカの?学生服の1年生達のちと物憂げな表情をみると、前職業柄、複雑な思いがします・・・・。やっぱり不安なんだろうなぁ・・・。カラーは苦しいし。
まぁ校則など細々と堅苦しいことも多いけど、楽しい中学生活を送ってほしいですね。それは教師達のバイタリティーに期待する部分が大きいと思うのですが。

会長さんが「最後に軍艦島に灯がともるのを見て、B'zのファンになった!」と言ってましたが、その動画がこれ。
確かにいいんですが、細かいことを言えば、このサイドは「居住区」側ではなくて、「鉱場区」なので、逆サイドなら、ばっちりでしたね~~(笑)




プロバイダの都合上、HPのURLを変更しました。
http://heartland.geocities.jp/hayabusa_ap_3/index.html

それにしても、長ったらしいURLだなぁ・・・・(笑)

「My Wish ~マイ ウィッシュ」 indigo blue 

My Wish

成人の日。昨日6歳の娘がカラオケボックスに初めて行き、機嫌よく歌ったその中に、この曲「My Wish ~マイ ウィッシュ」がありました。
NHK「みんなのうた」で昨10~11月に流れており、アニメーションの女の子が、保育園の友達によく似ている!と言って楽しそうに口ずさんでいました・・。何となく心に染みいる曲なので、成人の日のラジオに流したいと思い、サイトを探しているうちに、この曲の深い深い背景を知ることになりました。

この曲の詞は、小学3年生の時に難病を発病し、その後わずか15歳でなくなった江崎 舞さんという少女が病床で書いたものだそうです。
詳しくは下のサイトを参照してください。↓

http://www.teichiku.co.jp/artist/indigoblue/disco/ci196.html

この曲をこういうタイミングで幼い娘が歌った・・・ということで、胸がいっぱいになりました。
江崎さんが生きておられたら、おそらく今日の成人の日に二十歳を迎えられるはずです・・。
こういう曲をぜひとも紅白なんかで取り上げてほしかった・・・と個人的に思いました・・・。


青空に願いを込めて
どこまでも自由を目指すよ
またいつか楽しい日々が
きっとおとずれますように

毎日泣いて落ち込んだ日々
強がって笑っていても
『頑張れ!』という言葉が重荷になって
素直に受け止められなかった

でもやっぱり私はあなたに
ささえられているから

青空に願いを込めて
どこまでも自由を目指すよ
またいつか太陽の下で
一緒に走れる日々が来ますように

青空に願いを込めて
どこまでも自由を目指すよ
どんなに苦しくても
支えてくれる人がいるから
私は生きている

今 私はここにいる
It's My Wish
It's My Wish

「 そばにいたい 」 THE BOOM 

yokogao

『 THE BOOM ~ そばにいたい 』

目を閉じてごらん 君は何が見える
今日までの想い出 それとも未来
今まで僕は過去の湖を泳ぎ ひざを抱えていた
だけど今はステキな明日が見える

世界中で閉ざされた窓が今 開き出す
会ったことのない人達の笑い声が聞こえる
そろそろ君が幸せをつかむ番
そのときは僕もそばにいたい

手を空高く伸ばしてみてごらん
何かに触れたら それが未来さ
背伸びしても飛び跳ねても もがいても構わない
神様はいつか君に気がつく

世界中の子どもの涙はいつ乾く
同じ舟にのる僕らは なぜ憎しみあう
そろそろ誰かが幸せをつかむ番
その時は僕も そばにいたい

流行り歌はいくつも町を吹き抜けていった 
東の国から西から笑い声が聞こえる
そろそろ君が幸せをつかむ番
その時は僕がそばにいたい

:クリスマス。せめてこの日だけは全てのこどもにとって安寧のある日であって欲しいと思うのです・・・。


homeless809←今朝の長崎新聞の記事。自らこういう行いをする人達がいるということは、市民の中に「ミゼルコルディア」のような精神性が残っている表れなのかな・・・と思ってしまいます。
 それにしても、この極寒の空の下、野宿をするというのは、いかに辛く厳しいことだろうかと思います。
 せめて、凍死したり餓死したりしないようなシェルターづくりは今の行政がすぐにやるべき事と考えます。血の通った土地には必ず人が集まって来て、そして活気もまた戻ってくるはずです。困った人を助けるというのは宗教の派を問わず昔から人間の中にあったことだと思いますが、記事になるということは、それだけ、こういった活動がめずらしくなってきたということでもあるのでしょうか・・・。




プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。




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