アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

文化・政治・哲学

NHK高松 にっぽん紀行 「行商すーちゃんの15キロ」~香川 観音寺~

NHK高松制作 にっぽん紀行 「行商すーちゃんの15キロ」。はっきり言いまして長崎はおろか九州とも何のつながりもありません。
しかし、車も入れない坂の小径が街の半分近くを占める長崎市にとっては、このドキュメンタリーから教わることが多々あると思い、今回ご紹介したいと思います。
キャプチャー画を多く使用しますが、これは番組内容をわかりやすく説明する為のもので、目的はそれ以外は一切ありませんので、何卒ご了解願います。
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香川県観音寺(かんおんじ)市に住む大谷 スミ子さん(愛称すーちゃん)は、2013年7月現在、85歳にして魚の行商を続けておられます。
すーちゃんの一日の始まりは、まず魚の仕入れから。ダイサダという屋号を持つすーちゃんは、早朝から魚市場へ出向き、せりに加わります。
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1,200円でスタートしたせりに、すーちゃんはいきなり400円も低い800円の掛け声を。でもこれが、すーちゃんの商いにとっては重要な意味合いがあります。
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見事に800円でせり落とし、笑顔のすーちゃん。
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そして、すーちゃんの行商のスタートです・・・
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民俗学者・宮本 常一さんは写真の中で常に笑顔

正直言って、民俗学者の写真集を買ったのは初めてですし、今後このようなことはまず二度とあり得ない・・と思うのですが、それは宮本 常一(みやもと つねいち)さん(明治40年~昭和56年)の映っている写真を多く見てみたいと思ったからでした。
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まるで宮本さんの73年の生涯の7~8割?が笑顔であったのではないか?・・というくらい、笑顔の写真を残しています・・・。調査途中の昼食でしょうか?いい顔ですね。
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笑うと無くなる?目、その笑顔を向けられると、誰もが警戒心をといてしまい、それが民俗学の調査においては功を奏したのでしょうが、実はその笑顔の下には大変きびしい仕事への執着と男気が隠されていたようです・・・
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山本作兵衛の炭鉱画登録 ユネスコ、記憶遺産に


国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部パリ)のボコバ事務局長は25日、「記憶遺産」に日本の絵師、山本作兵衛の炭鉱記録画などを登録することを承認したと発表した。

ユネスコによると、日本人の作品が記憶遺産に選ばれたのは初めて。

九州で炭鉱に関心ある人なら、お馴染みの山本作兵衛さんですが、今朝病院にいると画面にニュースが流れ、作兵衛さんの写真が大きく映し出されたので、思わずモニターの前にかじりつきました!

快挙、ですね!
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この記録画がユネスコによって永久的に保存される、=「価値が認められた」という事実は、自分のことのようにうれしい気がします。
確かに、『炭層の薄い場所では、寝掘りをしていた』・・・と文字を読んでも、リアリティーはないのですが、このイラストを見ると、伝わってくるものが大きいです。今では、考えられない労働環境ですね・・・・
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対馬の石屋根

新聞の連載を持っていた時、対馬を舞台に描く回で、どうしても背景にしたかったのが、「石屋根」でした。
対馬で石屋根というと、「椎根(しいね)の石屋根」という言葉がセットとなっているほど、厳原町椎根地区にある↓下の石屋根が超有名です。
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しかし、言ってはナンですが・・・
私は、この石屋根はあんまり好きではありません。
なぜなら「現役として使われていない、保存された石屋根」だからです。

私が好きなのは、↓このような「現役の」ものなのです・・・(厳原町阿連)
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ホテル・ルワンダ

「ホテル・ルワンダ」(2004、英国・イタリア・南アフリカ合作)

90日間で約100万人前後が虐殺されたという「ルワンダ内戦」を背景に、実在した人物のトゥルー・ストーリー。

これまでに見た戦争について考えさせられる映画・・・・「キリング・フィールド」「硫黄島からの手紙」「プライベート・ライアン」「遠い夜明け」「シン・レッド・ライン」等と比べてもだんとつに現実味があって、映画とわかっていても観ていて恐くてたまらなかった作品。
51E+28my8rL「戦争」をテーマにした映画であれば、「やっぱり戦争は恐いし、二度とやってはいけない」という締めくくりで見終わることができる。
しかし、この映画のように「内紛」というのは、こんなにもリアルで恐いものかと思った。

しかもオン・タイムでは、今、中国で日本料理店や商業施設への破壊・ボイコット行為が起こっている。「打倒、小日本」と書いたプラカードを持った中国人達のデモの様子がモニターに映し出されている・・・。
過去の「つけ」を現在の私たちも払えていないと思うし、「なぜ、このような行為が中国で行われているか?」という疑問・問題を、これから誕生してくるくる子ども達に先送りし、背負わせようとしているのかもしれません・・・。

今の子どもや若者達は「戦争が起きたから、侵略や破壊が横行し、多くの人が死に、残酷な行為が行われた」と頭の中で理解していると思います。しかし、「他人や自分の心の中に、人を憎み、蔑(さげす)み、残虐行為も辞さない程の殺意を有しているからこそ、結果的に戦争や殺戮が行われてきた・・・」とは理解していないでしょう。
だからこそ、いまだに現実の社会の我々は、「なぜ、戦争をしたのか?」という幼児の問いにすら、すぐに明確な答えを出せないのではないでしょうか?

今、多くの小中学校で行われている「平和学習」での多くの「まとめ」が、「二度と戦争をしてはならない」で終わってしまっているのは、実は非常に恐いことだと思ってしまう。
「他人を蔑み、憎む心、すなわち差別や(言動等も含む)暴力行為、強圧的支配、搾取、利己主義などをいかに自分の心や自分達の身近な社会から遠ざけておくか」という高みを目指さないのであれば、今後の未来において、我々の子孫達はこの映画で観たような「恐怖」という呪縛から逃れることはできないのかもしれません。
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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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