アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

対州馬

対州馬の飼養と調教 11「 対州馬が飼養・調教する上で常備すべき医薬品は何か 」 

馬を飼養する上で最も恐れるべきものは、なんといっても疾病。競馬場のある地域以外で馬を診ることのできる獣医を探すことはまず無理と考えた方がいい。
①疝痛時の痛み止めと消化促進剤
私の場合は幸い対州馬を飼養する獣医の知り合いがいたので、この方を通して入手することができた。
バナミン・ペーストとプロナミドの2種を常備した。

②虫下し
これも獣医でないと手に入れることができないので、獣医さんのルートを確保する必要がある。乗馬クラブなら手に入れるルートを持っているかもしれない。
虫下しは必ず半年ごとに投与しなければならない。経口投与なのだが、難しかしければ、バナナの中に入れてやればよい。
私はノロメクチンを使った。

③イソジンうがい薬
体の擦り傷などに塗る。現役をそのままティッシュに染み込ませて塗布するか、スプレー容器に入れて使う。


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対州馬の飼養と調教 10「 対州馬が飼養・調教する上で必要な資質とは何か 」 

対州馬に限らないことだが、馬は「人間性」を見抜くので、人として誠実に生きているという自負と自信は必要。馬を飼養するのには調教は絶対的に必要。そうでないと馬を安全に移動させたり健康に留意して世話をすること、つまり管理することができない。
調教する上で絶対的に求められるのが求められるのが先に述べた誠実な人間性なのである。こればかりはたとえアラブの大富豪だろうが一国の大統領だろうが、よこしまな人間性であったならば、馬を一歩たりとも自分の望む方向に歩かせることすらできない。そもそも馬にとってそんなことはどうでもいいことなのだから。
では、なぜ馬は人間性を見るのか?答えは身の安全がかかっているからである。馬という動物は群れで暮らす生き物なのだが、その群れには必ずアルファと呼ばれるリーダーが存在する。リーダーはいつ襲ってくるかもしれない肉食獣や天災から群れを守るために的確な判断をしなくてはならない。だからこそ、群れはリーダーを信頼し、その指示(サイン)に従うのだ。人が調教者となる場合、このリーダー役として信頼されなければどうしようもないのである。もしそういう心構えも自信もなく馬に近づいた場合、その内面は馬に瞬時に見抜かれてしまう。それは呼吸の速度であったり、脈拍、かすかな腰の引け方などによる。だから、かならず馬に接する時には「私は、あなたのリーダーであり、パートナーなのだ」という意志を持って接しないといけないのである。また、楽しむことも重要。いつも「調教してやる」という強迫観念のようなものがあると、やはりまた馬にとって負のパワーが伝わってしまう。つねに「君にまた会えてうれしい」といった心の余裕と微笑みもまた必要なのである。もちろん馬の調教についての最低限の知識や理論武装もある程度必要。しかし、馬は千差万別であるということを忘れてはならない。例えば鞭などは要らないと感じたら、さっさと放り投げる直観力も必要。実際のところ、対州馬の調教にはほぼ鞭は必要ないと言える。中には調教すらも要らないとさえいう者もいる。
余談だが、私は現在外国人の若者に語学を教えるという立場にある。人に何か教育という行う際に「信頼」というものがベースとしてないと成り立たないと教えてくれたのも、馬だった。

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対州馬の飼養と調教 9「 もし対州馬が何かに驚いて走り出した時、曳き手一人で抑える方法はあるか 」 

ある。でも、こればかりは、文面では伝えられない。また、これを体得しない限り、馬を曳いて柵外に出すことは辞めた方がいい。対州馬の体重は300kg前後あり、大人の男3~4人をいとも簡単に引きずり回すパワーを持っているのだ。それを体重50kg前後の人間が抑えるというのには、かなりの技がいる。もし、それができなかったら、誰かが大けがをしたり、大事故につながることも否定できないのだ。

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対州馬の飼養と調教 8「 対州馬以外でもを調教する上で参考となる資料等はあるか 」 

なれない。
まずサラブレッドなどの競走馬はフラットなコースを早く走る事だけに特化して改良されてきているので、200%できない。
あとの在来馬でもいけそうな感じだが、昔長崎の荷運び屋さんが、他の在来馬を連れてきて試したところまったく使えなかったらしい。
かつて実際に長崎市で荷運びをされてきた4氏に話を聞いたことがあるが、皆口をそろえて「対州馬が一番適する」と答えた。一番の理由は、その動じない性格らしい。確かにあの狭い坂段を歩いていると路地から人が出て来たり、或いは犬が吠えてきたりということもあるだろうから。臆病な性格の馬には最も適さない「職場」ということになるだろう。それだけに坂の小径ばかりの長崎と炭鉱だらけだった長崎と対州馬というのは不思議な因果があるのだ。

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対州馬の飼養と調教 7「 対州馬を調教する上で参考となる資料等はあるか 」 

ない。そんなものはない。
対州馬に限らず、馬の調教についての資料がない。と言うか、あったとしてもそれは極々一部にしかあてはまらない事しか書いていない。そして、そのようなものに頼ろうとしない方が結局はいい。
しかし、対州馬が小~中型の馬と言っても体重は300kg前後あり、本気を出せば大人の男3~4人は簡単に引きずりまわす力を持っている。なんの理論もイメージも持たずに調教に挑むのは無謀以外のなにものでもない。まずどんな馬にも当てはまることぐらいは、わかっていないと馬を修復不可能な状態にしてしまう。一言でいうと調教者の体の向きと馬との距離は非常に大事で、それを抜きにしては調教はまず成り立たない。
その辺りのことをうまく説明しているものとして私が一読を薦めるのはドイツ人クラウス・フェルディナンド・ヘンプフリンクの「 Dancing with Horses (邦題:馬と踊ろう)」。
この書は馬の調教の書というよりも美しい文学としてそのまま読める。「よし、馬と向き合おう。馬を飼おう」という勇気を起こさせてくれる名著だ。
しかし残念ながらこの書は販売されていない。JRAが翻訳本を作ったのだが、販売せずに各都道府県の図書館にのみ配布している。したがって、県立図書館に行けば借りることができると思うが、どうしても読んでみたいと思う人は私が持っているファイルを分けることは可能である。(決して販売ではない)
話は最初に戻ってしまうが、そもそも「対州馬に調教は必要ない」という人もいる。まぁそういう人は、その馬が生まれて半年ぐらいから人に慣らされてきたのだということを恐らく知らないだけなのだが。


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中1の娘はなかなか苦労しているが、この時からわずか3か月前には曳かれるどころか、人が触れることすらできなかった。



プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ

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