アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

対州馬

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由  その④


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学校と教師とHSP


対州馬につなげる為に、もう少し私自身のことを話したいと思います。
先日、娘が通う高校で三者面談がありました。いつもは私の妻が参加するのですが、今年はコロナ・ウィルスの影響で妻が職場を抜けられなかった為です。
実は私の娘も自身で「私はHSP!」と公言しているのですが、普段から担任教師の事を毛嫌いしていることはよく判っていました。
「これは下手すると担任と激論になる。それだけは何としても避けたい!」と思っていた私は、前日たまたま観た「大草原の小さな家」の再放送の中で父親チャールズが示したような寛容な態度を心がけて(笑)面談に臨みました。


そのおかげか、最後まで穏やかに面談を終えたのですが、その担任の言動・価値観以前の人柄は「教師の前に、人として最低」なものでした。
私自身が教師として何度も三者面談を経験していますから、一般の方よりは客観的にその面談を測ることができると思うのですが、簡単に言うと、その面談は時間内ずっと娘に対してネガティブな内容を話し続けるような内容でした。

そしてその担任が放ったある言葉が印象的でした。「娘さんは、私との連絡帳に一言ぐらいしか書かないんですよね。それから、クラスの前で私が話すときに他の子よりリアクションが無いんですよ。社会に出たら、もう少しその辺をどうにかしないとね」と。これはまるで「芸人の私がネタをやっているのに、ちっとも笑わないじゃないか。なぜもっとリアクションしないんだ!」というような話に聞こえました。
つまらない、面白くないからリアクションしないのに決まっているのに、自分のネタに問題があるのではなく、笑わない観客にあるのだというようなものです。

私は内心「なぜこの教師は、自分が受け入れられてないし、娘との間に信頼関係が構築されていないから日誌の言葉が少ないのだし、リアクションもしないのだ」と思わないのか、不思議というか滑稽でした。私自身は教師として授業をしていた時に、常に授業を受けている生徒たちの表情を見ていました。真剣に聞いている時は表情が違っていましたし、つまらない時には眠そうな顔。それが自分にとっての授業の内容・質のバロメーターでした。日誌についても同じで、大きな学校の時は15クラス45人全員、つまり600人くらいと日誌を交わしていました。当然、何も書かない生徒も沢山いますが、私は授業を合間を見つけて、かならず全員に一言書いて返していました。そんな生徒がある時、「今日は楽しかった」と一言書いているのを見つけると、教師として大いに励まされ、やり甲斐を感じました。
面談の最後に少し時間があったので、そのようなことを担任の先生にやわらかくかいつまんで話しました。担任は「はい。」と言ってただうつむいていましたが、おそらく内容などちっとも入っておらず、ただクレームっぽい親が何か言ったぐらいにしか伝わっていなかったでしょう。

こういったこともアーロン博士らのHSPを用いれば、見事なほど完璧に説明がつきます。
また、私が両親や兄について同じような違和感をもっていることも25%ということから妙に合点がいきます。

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由  その③

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「買い被り」は昔のことだけではありません。
数々のアルバイトでは、「応募する前と実際では大違い」といったことは、おそらく誰もが一度は経験したことがあるでしょう。
しかし、ある語学学校の校長職も十分この「買い被り」によって落胆させられた事例に該当するものでした。
私は開校申請前の校長職としてある会社から招かれました。
教育学部卒で実存主義やフリー・スクール構想について仲間と学んだ経験のある私は、外国の青年たちにとって「真の教育」を与えられる学校を創ることができると信じて、各資料を練り上げ、文部科学省までヒアリングに行きました。
運営会社の社長の肩書はそれこそ、立派なものが幾つも並べられていました。
その社長が参加する姿を一度も見たことも聞いたこともない、不登校の生徒たちが通うフリースクールの理事とか、県内の青年協議会の会員とか。
そこでも、またもや「買い被って」しまったのです。
開校後、目の当たりにした現実は、「酷い」を遥かに超えた「悲惨」なものでした。
これは、あくまで私のいた日本語学校の話ですが、ネパールやインドなどのアジア諸国において、学校と契約した現地ブローカーが『経済力のある日本に行けば、留学生ビザでアルバイトができる。その稼いだ金で生活費はもちろん次の学費(100万円とか)も工面できる。更には、母国の家族に仕送りもできる』などと言って巧みな嘘で騙し、一生かかっても返せないような借金を負わせた上で日本へ留学させます。
家族や一族は日本円に換算すると1000万から1500万というお金を借金するために土地や建物を担保にします。おそらく利息も日本では考えられないような額になるはずです。
そんなことをして日本にやってきたアジアの若者たちがどんな悲惨な運命をたどるか、詳しくは本題からあまりにそれてしまうので、ここではやめておきます。
私が「校長として未来のあるアジアの若者の人生に寄り添える」と思った買い被りは、実際は生活費にも苦労をし、借金の為に帰国することもできないという地獄にすり替わってしまっていたのでした。校長の権限を持ってしても、その状況を覆すことはできませんでした。
「月に1万5千円の家賃が払えない」と担当教員に相談した外国人生徒に、担当教員が「お金を〇日までに払わないなら、部屋を出て、近くの公園で寝てください」と答えたのが、私は人として許せませんでした。それは運営会社の指示で言わせられたことでした。生徒は泣きながら私に訴えてきました。
「そういう言葉を言うのは、悪いことですよね?」と。私はうなづくしかありませんでした。

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由  その②

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親戚や親兄弟に対してもほぼ同じような感情があります。
親というものは、どんな人にとっても無二の存在ですが、それが故にその存在は幼い頃にとっては絶対的な影響を与えますね。
私の場合、家庭に特に虐待や極度の貧困という問題はなかったものの、基本的に次男である私は「特に興味を持たれない」という存在でした。それは基本今も変わっていません。


今、HSPという言葉がメジャーになりましたね。これは「ハイリー・センシティブ・パーソン、とても繊細に感じる人」という意味でアメリカのエレイン・アーロン博士が提唱したものです。説明によると人類の約20%にあたり、タイトルにある馬という動物ももHSPにあたるとされています。率直に言うと、私はHSPのど真ん中に(?)いると思っています。
しかし、このアーロン博士による提唱はとても有難いことです。この提唱のおかげで、実に何十年も解けなかった人生の疑問が解けてきました。

話を戻し、もう少し「買い被り」について述べてみます。
私は幼い頃、「大人やその大人たちが築く社会は、とてもよくできたものに違いない」と勝手に思い込んでいました。
幼稚園の時、クラスの前方にある教卓の陰で1人ずつ下半身を露出させ、肛門に蟯虫検査の

テープを押し当てるシスターの行いも、
小学生の時、工事を見物していると、遠くの商店まで「タバコを買ってきてくれ」と言ってお金を渡し、走って買いに行ってきたのに、駄賃も何もくれなかった工事のおじさんの行いも、
同じく小学生の時に大人気だった「仮面ライダー」スナックを買ったのに、必ずもらえるはずのライダー・カードを「カードは無かよ」と言い放った店のおばさんの行いも、
同じく小学校で好きな方だった男の担任がある時、浅野くんというクラスメートがちょっと何かしらの問題を起こした時に「忠臣蔵では、浅野内匠頭が悪い奴だったから、同じ名前のお前も悪い奴だ!」と叱ったその行いも、
そんなことは枚挙にいとまがないのですが、「よく出来ているはずの社会の大人がすることだから」と自分の中に違和感を感じながらも自分の中に押し込めていました。

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由  その①

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生い立ちとHSP

タイトルの内容について語るには、少々大げさな言い方かもしれませんが、私自身の生い立ちを述べなければなりません。と言っても、馬に関するドラマティックなエピソードがあるというわけではないのですが。
まず第一に私は生来、「大概、買い被ってしまう」というところがあります。
それは人に対してはもちろん、社会やその仕組みに対してもそうだと言えます。
「買い被る」=「期待値が高すぎる」と言い換えてもいいかもしれません。例えば、今の時代だと昔の友達や仲間とSNS上で再開し会話をする、或いは直接会うということも可能になりました。今現在も高校や大学時代の友人とSNSで繋がってはいますが、正直言うと改めて目の当たりにする友人の人柄・意識の稚拙さにがっかりすることが、かなり多いです。
失礼ながら、「彼(彼女)は、大学時代からまったく成長してないんだな」と思ってしまいます。もちろんそんなことを直接言うと相手は激怒するでしょうから、そういう場合はこちらから連絡もせず、リアクションもしないので、そのうち関係はほぼ枯れていきます。それでも尚、形だけの「友だち」は残り続け、こちらが求めてもいないのに、その日食べた食事の画像を見せられたり、宴会で酔っぱらった醜態などを見てしまった時には、SNSで再会してしまったことを激しく後悔することになります。SNSはその人の頭の中、意識しているもの、感じているものを如実に映し出してくれますので。

対州馬の飼養と調教 36「 イノシシは対州馬にとって害があるか 」

害はありません。山の中の放牧地でも新しい放牧地でも、山中に餌が不足しているのか、ひん太のすぐ傍までイノシシはやってきました。
最初の放牧地では、その強大な力とイメージに恐れをなし、ひどく心配になり、対馬の保存会などに対策情報を求めました。その時、「ラジオをかけっぱなしにすると効果がある」と聞いたので、夜中など放牧地を離れる時には防水ラジオを馬が触らない場所に置いておきました。近くの畑所有者は鉄製の檻を仕掛け、猟友会も動き回っていると言っていました。しかし、結局何もおきませんでした。
新しい放牧地はかなり民家の傍なのですが、ここにもイノシシはやってきました。親一頭の時は、私の姿を見ると逃げるのですが、ある時子どものウリ坊を連れた母イノシシが姿を見せるようになりました。母イノシシは、やはり子どもを守ろうとするのか、逃げません。しかし、イノシシは馬に何もしないし、馬とイノシシでは共通する食料もないので、放っておきました。ある時、ひん太を曳いて外にいる時にこの親子に出くわしました。ウリ坊はさっさと藪の中に逃げたのですが、母イノシシはこちらをずっと見たまま動きません。さすがに自分より大きな馬が近づいてきたら逃げるかと思い、ひん太を曳いて少し母イノシシの方に歩いたのですが、母イノシシはまったく動じることなく動きませんでした。直観的に「これ以上進めると、ウリ坊を守るために突っ込んでくるな!」と予感し、引き返すことにしました。結局、このニアミスもまったく問題ありまんでした。イノシシだって馬と同じ生物ですから、何もしないのにやたら攻撃してくることはないと私は確信しています。我が子を守ろうとするのは、それこそイノシシも馬も、そして人間も同じでしょう。ただ私はミミズなどを掘っている時に間違って柵内に入ってしまうと、馬が興奮して怪我する可能性も完全に否定できないので、柵に動物除けのスチールネットを巡らせていました。これは、馬が頭を柵に挟む事故を防ぐ意味の方が大きかったのですが。
私は正直言って、SNS上でイノシシなどを仕留めて、その亡骸を得意げにさらすような人間がすきではありません。むしろ馬にとっての一番の害であり、脅威は何をしでかすかわからない人間の方なのです。

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動画版 新世界三大夜景のひとつである長崎の夜景は対州馬と人がつくった


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江島 達也 長崎県長崎市在住

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対州馬ものがたり ~長崎と対州馬のフシギな因縁とは?

長崎と対州馬というテーマで動画を作ってみました。7分30秒程ありますので、お時間のある時にでも見て頂ければ幸いです。



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対州馬の飼養と調教 35「 馬運車を自作する場合、どのような構造にすべきか 」


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考えておかないといけない大切な点は次の5つ程度と考えます。

①走行中、馬の頭部を保護できる構造
②走行中、馬が飛び出さない構造
③乗り降りがスムーズにできる踏板の設置と積載
④滑りにくい床構造
⑤馬が怪我をするような突起などがないか



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対州馬の飼養と調教 34「 どうやって初めて馬運車に載せるか 」

未調教であった馬を単独で馬運車に載せ、移動することができれば、一応一区切りの水準に達したと言っていいでしょう。
まず載せようとするする馬にあった構造を持つ馬運車を準備するところから始まります。
特に注意するべきは、移動中に安全に馬体を守れる構造になっているか、という点と乗り降りしやすくかつ頑丈なスロープが容易にセットできるかという点でしょう。もともと馬運車として作られているものは、競馬馬のものであり、対州馬のような馬のものではないので、自作で馬運車をつくるか、牛や豚などの家畜を運ぶ専用車を使うかのどちらかになると思います。ここでは、馬運車の構造にまでは触れません。
最初は当然ながら馬にトラックに乗る理由もその魅力もありません。長い時間をかけて「こうすること(馬運車に乗ること)を覚えていくよ」ということを馬に伝えていかなければなりません。
この段階までに人間に従って曳かれたり、止まったりするということができるようになっていなければなりません。


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対州馬の飼養と調教 33「 対州馬の採血の仕方 」

血液は微量であっても、遺伝子情報まですべてわかってしまうので、採血は非常に大事なことです。
私は実際には採血を行ったことがないのですが、二人組で採血を行った際の補助を行った経験があります。実際はホルター(無口)をつけ、前方からホルターをつかんで保持していれば問題なく行えると思います。おそらく針の痛みも人間ほどは感じないと思いますので、採血する直前に好物でも与えるとその好物に気持ちが行っている間に採血は難なく終わるかもしれません。

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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


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