アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

美術・映画・芸術

写真とは人なり ~ 村里 榮写真展「遙かなり軍艦島&長崎余情」

私は「・・・ご高覧を賜りまして・・」などという堅苦しい言葉を使う人の展覧会はジャンルに関わらず、二の足を踏んでしまうのです・・・。そういう会ほど言葉とは裏腹に、居心地の悪い沈黙だけが気になって、作品の本質が入ってこないからです。
ところが、この写真展「遙かなり軍艦島&長崎余情」は、まったくもって真逆でした!
murasato017

会場へ入ると、受付に↓このプリントが置いてあり、自分で取ったのですが、村里氏はわざわざ来場者の一人一人に笑顔で近寄って来て、この紙を渡してくれました。・・衝撃?でしたねぇ。
murasato023

その後は、私や他の来場者に、軍艦島のことをいろいろと解説してくれました。私は「去年、その軍艦島をガイドしてました」とも言えず、しばらく一緒に話をさせてもらいましたが、楽しかったですねぇ・・・。
実は付近を通りかかって偶然入った写真展だったのですが、こういう抜群に人柄のよいアーティストの方が、いたんだ、ということが本当に「ハッピー・サプライズ」でした。
murasato018

「やはり写真は人なり、アートは人なり」ですね。一時が万事と言いますが、こういう方の撮られた写真というのは、ご覧のように、かくも暖かく、すばらしいものです。
写真は、2枚とも日給アパートの地階で遊んでいる子どもたちのものですね。日給アパートは地上9階建てで、その谷間というのは非常に薄暗くじめじめしていたのですが、子どもの姿があるだけで、こんなにも違った世界に見えます・・・。こういう視点がさすがですね。
(写真展を紹介するために、フライヤーに掲載されている写真を少し紹介いたします)




続きを読む

思春期を迎える少女の自立を描いた秀作 ~ 「魔女の宅急便」

洋の東西を問わず、少年の自立を描いた映画や小説は昔から多いと思うのですが、少女のそれは意外に見あたらない気がします。もうちょっと世代が違っていたり、何かの集団の中に属していたり・・・・
映画「魔女の宅急便」では、冒頭のひとりでの旅立ちのシーンが特に秀逸であると思います。通常「女の子がひとり」と言うとイメージとしてはちょっと寂しい感じがしますが、本当の「自立」とは、ひとりで行動し始める・・という事だと思うので、それをこれ程ポジティブに明るく描いた点はすばらしいと思いますね。むしろ、ひとりでいる姿が本当は凛として美しいのだ、と気づかせてくれるような気がします。
DSCF6205

そして主人公は、簡単にグループに入ろうとせず、あくまで自分の気持ちと向き合いながら「自分にできる仕事」を探し、その中で個性的な人物たちと出会っていきます。
原作である角野栄子さんの本は失礼ながら読んでいないのですが、宮崎駿さんとのタッグで、これほどまでの作品として昇華した意味は大きいと考えます。

今、思春期の少女たちは、誰もが同じようなファッションをし、同じような言葉遣いをし、派手な顔立ちでないと「イケてない、グループに入れない」・・・という呪縛にとらわれているような気がします。そんな中で、悩み苦しんでいる子どもたちがいるとしたら、ぜひ見て、そして感じてほしいと思う作品ですね・・・。







ずっと脳裏に焼き付いていた「自転車泥棒」のシーン

映画「自転車泥棒」(1948年・伊)を初めてみたのは、学生時代で、もちろん独身でしたが、この映画の中のいくつかのシーンは、深く私の脳に焼き付かれていた・・と思うことがあります。海馬に入っていた、と言うか。
bicycle
それは下の2シーンです。

2年間の失業中、やっとありついた仕事の条件である「自転車」を盗まれてしまったアントニオは、息子ブルーノを連れて犯人を捜しにいきます。
手掛かりの老人を逃がしたことをブルーノに責められたアントニオは、ついブルーノに手を挙げてしまいます。
ブルーノを川のそばに残し、再び老人を捜し始めたアントニオの耳に、「子どもが川で溺れた!」という叫び声が聞こえてきます・・・・    (シーンは下動画の5分過ぎより)


ほっとしたアントニオは、ブルーノを連れて、普段滅多に入らないような高級レストランを連れていきます。
ずっとしょげていたブルーノに、笑顔が戻ってきたのを見て、アントニオは満足します・・・



映画では、タイトルともなったシーンが有名ですが、私の中には、この2シーンが「父親」のイメージとして深く擦り込まれていたように思います。

戦後間もない不況下のイタリア。それはやはり日本と同じく、貧しかったけど、親子や人と人の距離がとても近かった時代だったのですね・・・・。


br_decobanner_20110211104502

「美術・映画・芸術」 記事一覧

不夜城 ~ 故・青柳裕介氏の「土佐の一本釣り」その(2)

「ワシら、漁師が助けにいかんで、誰がいくんじゃ!」・・という純平の言葉に、海の男たちの「気」が走り出します。
aoyagi940

「おまんは、もうこれ以上、なんも言うな・・」と純平を制した古老でしたが・・・




続きを読む

不夜城 ~ 故・青柳裕介氏の「土佐の一本釣り」その(1)

私にとって「不夜城」という言葉のイメージは、「三交代・24時間操業」であった、かつての炭鉱町を指すものという認識が強く、夜の軍艦島を描いた作品にも、その名を借りたことがあります。

そもそも「不夜城」という言葉に初めて出会ったのは、学生時代のことでした。群馬県前橋市での貧乏学生時代でしたが、故・青柳裕介氏の「土佐の一本釣り」だけは集め続けていました。個人的に「永久保存版的」であるこの本の、第8巻が「不夜城」となっています。

青柳氏のすぐれた遺作への敬意も込め、「不夜城」の白眉をなす部分を少しご紹介したいと思います。
aoyagi925

高知県中土佐町久礼(なかとさまち、くれ)の一本釣り漁港を舞台にした、この作品。この小さな港町に「秋の豆台風」が来襲することから、物語は展開していきます・・・・
aoyagi926



続きを読む
記事検索


プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。











荷運び馬復活を目指す長崎市唯一の対州馬、ひん太FBページ

坂ん街の暮らし、応援します。
馬運・馬搬・作業萬ず/
「対州屋」(たいしゅうや)



☆ FaceBook ☆