アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

美術・映画・芸術

子どもを持つ全ての父親に観て欲しい映画「 みんな元気 」



原題:Everybody's Fine 2009 アメリカ 主演:ロバート・デ・ニーロ

多くの人が評価サイトで書いていますが、日本では何故か劇場公開されていません。 また邦題「みんな元気」というのが、あまりにも期待できないものであるためか、この映画を観たことがある人は非常に少ないのではないかと思います。 内容については、触れませんがざっくり言うと、連れ合いを亡くした中年(ロバート・デ・ニーロ)が、独立した4人の子どもをサプライズで訪ねるというロード・ムービーです。 とてもシンプルな設定ですが、映像のテンポや音楽などが非常に小気味よく、すんなり入れる映画です。 そして特に言いたいことは、子育ての一段落した世代の男性に観て欲しいということです。 「仕事と子育て」「夫婦の分担」「親子の関係と信頼」など、様々なテーマを持って鑑賞することのできる秀作です。

画家としてのゴッホは、ベルギーの炭鉱町が出発点だった


フィンセント・ファン・ゴッホが画家として活動を開始する前、書店の店員、語学学校の教師という職を経て「伝道師」を目指した時期がありました。ゴッホ、23歳くらいの頃です。ブリュッセルの伝道師養成学校で3か月学んだ後、「不適格」の烙印を押されたゴッホでしたが、独自で伝道活動を志し、当時耳にしていた南ベルギーの炭鉱町ボリナージュへと伝道活動に向かいました。
(写真は廃坑となったボリナージュの竪坑やぐら)
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「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」は家族旅行中、子ども達にしていた創作話

私にとって「イングランドのウサギ代表?」と言えば、ピーターラビットよりもこの、「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」で、なんとも切ないストーリーなのが味わい深いと思うのですが、物語が出来た由来というのは、表題の通り、リチャード・アダムスが家族旅行中、2人の娘のために話して聞かせた創作話です・・・。
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リチャード・アダムスをwikipediaで調べてみると、呆れるほど素っ気ないものです・・・
『イングランドのバークシャー出身。オックスフォードで歴史を専攻し、卒業後は農務省に勤務。

処女作「ウォーターシップダウンのうさぎたち」は、本として書き上げるのに2年かかり、13の出版社に断られた後にやっと出版されたものだが、イギリスの二大児童文学賞、カーネギー賞とガーディアン賞を受賞して大ベストセラーとなった。』

「13の出版社に断られ・・・」と聞いて74歳において執筆した処女作「 A river runs through it 」を大手出版社に売り込んだものの、ことごとく断られたノーマン・マクリーンを思い出しました・・・

題名の「ウォーターシップ・ダウン」は実際にハンプシャー北部にある丘陵で、アダムス自身が育った場所です。その名のとおり、船がひっくり返ったような形をしていますね・・。
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このあたりがそうでしょうか・・・・?

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昭和54年に映画化された時は、大ヒット・・というわけにはいきませんでしたが、内容はもちろん、ポスターも、アート・ガーファンクルが歌う主題歌「Bright Eyes(ブライト・アイズ)」も大変印象深いものでした。


「ヒット作をつくろう!」としただけであれば、ここまでねばり強く持ち込みをつづけなかったかもしれませんね。この物語が娘たちとの大切な思い出であったからこそ、形として残そう・・としたのではないでしょうか。
そして、何はなくとも、豊かな自然の中で、創作して話して聞かせた・・ということ。「豊かな文化」とは、そういうものであるべきなのでしょう・・・

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「美術・映画・芸術」 記事一覧

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今もお茶の間で親しまれるサザエさんの作者、長谷川町子さんは炭鉱町気質!?

TVアニメ「サザエさん」は今や日曜夕方の代名詞ともなっている観がありますね。
アニメ自体はややインパクトに乏しい感じもしますが、そのベースに流れているものは基本、穏やかなヒューマニズムであり、BGMがわりにつけておけば、苛々させられることもありません。

作者はご存じ、長谷川町子さんですが、意外にも自身は生涯独身をつらぬいており夫や子どもという家族を持った経験がありません。しかし、同居していた母や姉妹、姪っ子、更にはペットたちがその家族としての役割を十二分に果たしていたことが、「サザエさん うちあけ話」(姉妹社刊)からうかがえます。

しかし長谷川町子さんのヒューマニズムの源流には、炭鉱技師であった亡き父(長谷川さん13歳の時に他界)から受け継がれた、「炭鉱気質」というものが色濃く繁栄されていたと思ってしまうのは、やはり私が炭鉱びいき?なせいでしょうか・・・?
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家族とは何か?について考えさせられる、チャップリンの「 KID 」


チャップリンについては、膨大な書籍が刊行されているようですし、多種多様なバイオグラフィーも飛び交っているようなので、そこには深くは触れず、ただ「 KID (大正10年公開)」という作品にスポットを絞ってみたいと思います。

下は「 KID 」の中のワン・シーンです。かたく抱き合う親子の姿ですが、この2人、血のつながっている親子ではありません。喜劇作品の設定としては、限りなく浮浪者に近いガラス職人が、ふとしたことから捨て子を拾ってしまう、というものとなっています。
しかし、有名なこの写真が表しているように、貧しき職人の目は鋭く険しく、見る者を惹きつける力をもっています。

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そこにはやはり、チャップリン自身の生涯が深く滲み出ているような気がしてなりません・・


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「名犬ラッシー」の舞台は、イングランドの炭鉱町

「名犬ラッシー」と言えば、幼少の頃、白黒テレビで観ていたドラマ・シリーズというイメージなのですが、調べてみると1957年から1966年にかけてアメリカで制作されたテレビ・シリーズ(派生作品)の遅れ?放送だったのだ、とわかります。
そしてそれは、戦後急激に日本に入ってきた「アメリカ文化」そのものであり、画面に映し出される広い庭付きの一戸建て住宅とやさしく穏やかな両親のイメージは、風呂もない古いアパート暮らしだった当時の私には、大変まぶしく見えました。
ですから、私の「コリー犬」のイメージは、その後ずっと「お金持ちのお屋敷の人が買う犬」・・・というものでした。
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しかし、この「名犬ラッシー (原題 Lassie - come home)」は、イングランド中部の炭鉱町を舞台として生まれたものであり、貧しい小さな炭鉱町でなければ生まれてこなかった・・・と言うべき物語でした。
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写真とは人なり ~ 村里 榮写真展「遙かなり軍艦島&長崎余情」

私は「・・・ご高覧を賜りまして・・」などという堅苦しい言葉を使う人の展覧会はジャンルに関わらず、二の足を踏んでしまうのです・・・。そういう会ほど言葉とは裏腹に、居心地の悪い沈黙だけが気になって、作品の本質が入ってこないからです。
ところが、この写真展「遙かなり軍艦島&長崎余情」は、まったくもって真逆でした!
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会場へ入ると、受付に↓このプリントが置いてあり、自分で取ったのですが、村里氏はわざわざ来場者の一人一人に笑顔で近寄って来て、この紙を渡してくれました。・・衝撃?でしたねぇ。
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その後は、私や他の来場者に、軍艦島のことをいろいろと解説してくれました。私は「去年、その軍艦島をガイドしてました」とも言えず、しばらく一緒に話をさせてもらいましたが、楽しかったですねぇ・・・。
実は付近を通りかかって偶然入った写真展だったのですが、こういう抜群に人柄のよいアーティストの方が、いたんだ、ということが本当に「ハッピー・サプライズ」でした。
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「やはり写真は人なり、アートは人なり」ですね。一時が万事と言いますが、こういう方の撮られた写真というのは、ご覧のように、かくも暖かく、すばらしいものです。
写真は、2枚とも日給アパートの地階で遊んでいる子どもたちのものですね。日給アパートは地上9階建てで、その谷間というのは非常に薄暗くじめじめしていたのですが、子どもの姿があるだけで、こんなにも違った世界に見えます・・・。こういう視点がさすがですね。
(写真展を紹介するために、フライヤーに掲載されている写真を少し紹介いたします)




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思春期を迎える少女の自立を描いた秀作 ~ 「魔女の宅急便」

洋の東西を問わず、少年の自立を描いた映画や小説は昔から多いと思うのですが、少女のそれは意外に見あたらない気がします。もうちょっと世代が違っていたり、何かの集団の中に属していたり・・・・
映画「魔女の宅急便」では、冒頭のひとりでの旅立ちのシーンが特に秀逸であると思います。通常「女の子がひとり」と言うとイメージとしてはちょっと寂しい感じがしますが、本当の「自立」とは、ひとりで行動し始める・・という事だと思うので、それをこれ程ポジティブに明るく描いた点はすばらしいと思いますね。むしろ、ひとりでいる姿が本当は凛として美しいのだ、と気づかせてくれるような気がします。
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そして主人公は、簡単にグループに入ろうとせず、あくまで自分の気持ちと向き合いながら「自分にできる仕事」を探し、その中で個性的な人物たちと出会っていきます。
原作である角野栄子さんの本は失礼ながら読んでいないのですが、宮崎駿さんとのタッグで、これほどまでの作品として昇華した意味は大きいと考えます。

今、思春期の少女たちは、誰もが同じようなファッションをし、同じような言葉遣いをし、派手な顔立ちでないと「イケてない、グループに入れない」・・・という呪縛にとらわれているような気がします。そんな中で、悩み苦しんでいる子どもたちがいるとしたら、ぜひ見て、そして感じてほしいと思う作品ですね・・・。







ずっと脳裏に焼き付いていた「自転車泥棒」のシーン

映画「自転車泥棒」(1948年・伊)を初めてみたのは、学生時代で、もちろん独身でしたが、この映画の中のいくつかのシーンは、深く私の脳に焼き付かれていた・・と思うことがあります。海馬に入っていた、と言うか。
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それは下の2シーンです。

2年間の失業中、やっとありついた仕事の条件である「自転車」を盗まれてしまったアントニオは、息子ブルーノを連れて犯人を捜しにいきます。
手掛かりの老人を逃がしたことをブルーノに責められたアントニオは、ついブルーノに手を挙げてしまいます。
ブルーノを川のそばに残し、再び老人を捜し始めたアントニオの耳に、「子どもが川で溺れた!」という叫び声が聞こえてきます・・・・    (シーンは下動画の5分過ぎより)


ほっとしたアントニオは、ブルーノを連れて、普段滅多に入らないような高級レストランを連れていきます。
ずっとしょげていたブルーノに、笑顔が戻ってきたのを見て、アントニオは満足します・・・



映画では、タイトルともなったシーンが有名ですが、私の中には、この2シーンが「父親」のイメージとして深く擦り込まれていたように思います。

戦後間もない不況下のイタリア。それはやはり日本と同じく、貧しかったけど、親子や人と人の距離がとても近かった時代だったのですね・・・・。


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「美術・映画・芸術」 記事一覧

不夜城 ~ 故・青柳裕介氏の「土佐の一本釣り」その(2)

「ワシら、漁師が助けにいかんで、誰がいくんじゃ!」・・という純平の言葉に、海の男たちの「気」が走り出します。
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「おまんは、もうこれ以上、なんも言うな・・」と純平を制した古老でしたが・・・




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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。




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