アトリエ隼 仕事日記

長崎の遺産とも言うべき炭鉱・教会・対州馬など、「よかもん」をご紹介いたします・・・

長崎人物・歴史

対州馬ものがたり ~長崎と対州馬のフシギな因縁とは?

長崎と対州馬というテーマで動画を作ってみました。7分30秒程ありますので、お時間のある時にでも見て頂ければ幸いです。



ご支援どうぞよろしくお願い致します。
「長崎の対州馬 ひん太 商店」
https://taisyuuya3.thebase.in/ 

「対州屋HP」
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苦難の時代に多くの孤児や棄児を救った岩永マキと十字会のカトリック信徒達は世界遺産以上の偉業を為した女性達(ひとたち)だった

岩永 マキ(1849~1920)の肖像。
写真すらほとんど残っていませんが、見る限り凛とした美しい表情をした人であることがわかります。
強さの中に秘めた優しさ、或いは優しさの中に秘めた強さ。そういうものを感じます。
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上の写真の集合写真です。マキは前でも中央でもなく写っています。見る限り、文献にあるような大柄には見えません。
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こちらの写真でも、手は細く小さく、体つきも華奢に見えます。
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岩永マキに関する文献は、ほとんど見つけることができません。
聖母の騎士社刊「お告げのマリア」と長崎文献社刊「長崎の女たち・第2集」の中で取り上げられていますが、それも多くではありません。
浦上キリシタン資料館の中に、その生い立ちを記した記述がありました。

『1849年(嘉永2)肥前国彼杵郡浦上山里村平(現:長崎市本原町)で生まれる。

父市蔵、母モンの長女、弟一人、妹三人、市蔵の祖父は「なわこもや徳右衛門」「なわこもや」は縄や菰にも)の卸問屋で信仰深い豪農であった。』(出典:浦上キリシタン資料館内の掲示物より)

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深堀地区の中堅造船所であった、林兼造船長崎工場

画像は三菱重工長崎造船所が建造した客船として最後となった、「アイーダ・ペルラ」です。三菱にとって造船は祖業ですが、近代都市としての長崎市にとってもまた、造船は祖業と言えます。しかし、ここ数年造船を取り巻く状況は思わしくありません。「巨額損失に客船建造事業より撤退」「工場跡地の再利用」など、悪いニュースばかりが聞こえてきます。
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アイーダ・ペルラが停泊しているのは、三菱重工の香焼工場岸壁です。昔、島であった香焼地区は明治時代から松尾造船が進出し、その後川南造船、三菱と、大手造船会社が操業を続けてきました。画像の左端に見えるクレーンは、対岸の毛井首、深堀地区にある中小の造船所のものです。
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その深堀地区にあって、三菱に次ぐ中堅造船所として操業を行っていたのが、林兼造船長崎工場(1965~1980)です。
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出展:「長崎県の産業」1967年

深堀という街は、一歩中に踏み入れた時から、なんだか懐かしい風情が漂う街です。昭和の時代に多くの人が集まり、賑やかさが溢れていた面影が残っているからなのでしょう。

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路面電車の軌道跡である勝山市場にあったお婆ちゃんの小さなお店、閉店

タイトル通り、路面電車の軌道跡である斜面に出来た勝山市場にあった、なじみのお婆ちゃんのお店が、いつの間にか、ひっそりと閉店していました。
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久しぶりに、あのお婆ちゃんのお店でパンを買って食べよう」と、久しぶりにやって来たのですが・・・・
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数年前に撮ったお店。
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ポルトガル人とカトリック信徒が礎を築いた天然の要塞都市「長崎」に来てみませんか!?②

ポルトガル人とカトリック信徒が礎を築いた天然の要塞都市「長崎」。その坂の街の様子を続けてご覧頂きたいと思います。(横長の画像はクリックで拡大します)

城壁のような急坂から下方を望むと、こんな感じです。
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角度が違えば、見える景色も様々です。ここは港を望む坂段。

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カトリック修道院と幼稚園を望む坂段。
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小学校を望む坂段も。
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もちろん他の地方と同じく、子どもたちの姿はこの街の「希望」であり、「未来」そのもの。
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しかし、坂の街から1軒、また1軒、と家が減り・・・
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坂の街の児童公園からも子どもの姿が消えました。
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ダムのすぐそばにあるこの公園の遊具や・・
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港を望むこの公園の遊具も心なしか寂しそうです。
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プロフィール:江島 達也
 長崎市泉町生まれ。 私の「故郷」は戦後間もない頃造られた、お風呂もないアパートで棟の名が「隼(はやぶさ)」。それが絵師としての屋号です。群馬大学教育学部美術科卒。 大学の4年間、実にボンクラな学生でしたが、4年目は仲間と自主ゼミを立ち上げJ・デューイやM・モンテッソーリなどの教育学を学びました。この頃、前橋市内にあったフリースクール(オルタナーティブ・スクール)をつくる会などに参加しまして、この時期の様々な社会人との出会いが、その後大きな影響となりました。
包装機械メーカーの東京営業所に入社、8ヵ月後退社。平成2年より長崎県教員として県内各校に勤務しました。 平成17年末退職後、フリーのイラストレーターとして活動開始。
平成23年3月 「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」(長崎新聞社)出版 
平成24年 「長崎の坂道で対州馬の荷運び再現」プロジェクト。25年 再び長崎市で対州馬による荷運び業再開を目指し「對州屋」として活動開始。29年 あさひ日本語学校・校長職を兼任。
〒852-8065
長崎市横尾町
tek/fax095-857-5236


以下は、すべてアトリエ隼(対州屋)のサービスです。




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