対州馬に限らないことですが、馬は人の「人間性」を見抜くので、人として誠実に生きているという自負と自信は必要です。また馬を飼養するの上で調教も絶対的に必要です。そうでないと馬を安全に移動させたり健康に留意して世話をすること、つまり管理することができません。
調教する上で絶対的に求められるのが先に述べた誠実な人間性なのです。こればかりはたとえアラブの大富豪だろうが一国の大統領だろうが、よこしまな人間性であったならば、馬を一歩たりとも自分の望む方向に歩かせることすらできません。そもそも馬にとって、人間の肩書や財力などそんなことはどうでもいいことなのですから。
では、なぜ馬は人間性を見るのか?答えは身の安全がかかっているからです。馬という動物は群れで暮らす生き物なのですが、その群れには必ずアルファと呼ばれるリーダーが存在します。リーダーはいつ襲ってくるかもしれない肉食獣や天災から群れを守るために的確な判断をしなくてはなりません。だからこそ、群れはリーダーを信頼し、その指示(サイン)に従うのです。人が調教者となる場合、このリーダー役として信頼されなければどうしようもないのです。もしそういう心構えも自信もなく馬に近づいた場合、その内面は馬に瞬時に見抜かれてしまいます。それは呼吸の速さであったり、脈拍、かすかな腰の引け方などによります。だから、かならず馬に接する時には「私は、あなたのリーダーであり、パートナーなのだ」という意志を持って接しないといけないのです。また、楽しむことも重要です。いつも「調教してやる」という強迫観念のような気負いがあると、やはりまた馬にとって負のパワーが伝わってしまいます。つねに「君にまた会えてうれしい!」といった心の余裕と微笑みもまた必要なのです。もちろん馬の調教についての最低限の知識や理論武装もある程度必要です。しかし、馬は千差万別であるということを忘れてはなりません。例えば鞭などは要らないと感じたら、さっさと放り投げる直観力も必要です(実際のところ、対州馬の調教にはほぼ鞭は必要ないと言える。中には調教すらも要らないとさえいう者もいる)。
余談ですが、私は現在外国人の若者に語学を教えるという立場にあります。人に何か教育という行う際に「信頼」というものがベースとしてないと成り立たないと教えてくれたのも、この対州馬でした。

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