松浦市福島町塩浜免にかつて存在した、日の浦炭鉱。下は明治42年に撮影されたという日の浦炭鉱の写真です。
さすがに明治時代、茅葺屋根の長屋が連なっているのが古の時代を偲ばせます。
2016年現在の同地は下のようになっています。同じように俯瞰で撮影したいと思ったのですが、昔の写真はボタ山から撮影したのか、同じような角度で撮影できる場所はありませんでした。
上の場所から山側を向くとこのような感じです。運動公園のようになっていて、かつてこの場所に炭鉱があったなんて、もう地元の方ですら知らないのではないでしょうか・・・。
葦書房刊、前川 雅夫編 「炭坑誌」の分厚い中身をくまなく探してみても、「日の浦炭鉱」の文字は、たった2回ほどしか出てきません。
『 明治41年 日の浦炭鉱 炭車事故 死1 副島 利吉(18)佐賀県鍋島村 』
『 明治45年 大正元年 日ノ浦炭鉱 村井鉱業が市村庄太郎より買収 福島二尺層、年6万t、昭和6年閉山 』
生活の為に、西日本一帯からこの地に集い、坑内外で働いた人々。そんな姿さえ連想することが難しいような長閑な景色が広がっていました。
*(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。
*記事をご覧の皆様へ
皆様の心の通い合ったメッセージを拝読するたびに、「この記事を書いてよかった」と胸があつくなります。
やはり、故郷というものは、誰にとっても忘れることのできない、永遠のものであるということを教えてもらいました。
拙い記事ですが、これからも少しでも、皆様の旧交をあたためる場になれば幸いと願っております。
もし当時のお写真とか、記録など、何でもどういったものでも構いませんので、ございましたら、管理者まで、ご送付いただければ、記事の中に付け加えさせて頂ければと思っております。
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皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
1枚目の写真と比較できる現在の俯瞰写真や当時の写真が他にありますので、掲載していただきたいのですが可能でしょうか?