「お祭りなのに、見たことがないって、どういうことか?お祭りと言えば参加できるものも少なくないというのに・・・」
と思われるかもしれません。
しかし、長崎に生まれ育って半世紀、奉納踊りはテレビでしか見たことがありません。そして今後もきっと見れないでしょう・・・
画像にあるような山車というか曳き物を目に出来るのは、披露場所やあいさつ廻り(庭先廻り)の移動途中だけです。
踊り場や境内に設置された観覧席から奉納踊りや演技を見るには有料チケットが必要であり、入手も容易ではないからです。
従って、関東地方から嫁いできたうちの家内にとって、残念ながら「おくんち」は大不評となってしまっています・・・・。

何故そうなのか?・・・諸説あるようで一概には言えませんが、wikipediaにあるように、
『・・・この諏訪神事の奨励の背景にはキリシタン宗門一掃のねらいがあったと言われている。』という部分が大きく影響しているように思います。
長崎弁風に言うと「キリシタンもんは、かっちぇん(参加させない)。見てもいけん!」・・・というぐらいのものでしょうか。
現在はもちろんそういう意図は無いのですが、誰でも見れるわけではないというスタイルだけは、今も残っているということかもしれません。
しかし考えてみれば、今ある「長崎」の街をまず作ったのはポルトガル人達だと言っても過言ではないのですから、こういった過去の歴史は未来へ向けての1頁だと考えればよいのではないでしょうか。
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(したがって、上のようなカトリック勢力であった南蛮船(ポルトガル船)の曳き物自体も大変めずらしい存在ということになります。)

そんな僕らでも「おくんち」と聞くとやはりこころ弾むものがあります。小学生の頃は学校が半どん(午後の授業打ち切り)になり、縁日に繰り出せるからです・・・

縁日でのリンゴ飴やわたがし、金魚すくい、くじ引きなどは、今の子ども達に「とってもやはり楽しみなもののようです。
しかし、最近は屋台の数もかなり減り、活気も失われているようです。
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また屋台の魅力はただ買うだけでなく、画像のように店にワンちゃんがいたり・・・
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そのすぐ傍には赤ちゃんが寝せてあったり、などそのユニークさが良かったりするのですが、そういったカラーも最近では失われつつあるような気がします。
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事実、昭和47年発行の「子ども日本風土記 〈長崎〉」に掲載されている児童の作文を読むと、40年前、私が幼かった頃の「おくんち」は今とは随分活気がちがっていたなぁ・・と思わずにいられません。

『 おくんちの出店

(前略)・・・・売る人は大きい声でりんご箱をたたきながら、
「三百円。三百円。三百円よ。
買うもんおらんね。よっしょ。二百八十。はい二百八十円。買わんとね。
ぜん(銭)ば持たんとやろう。よし。おいもちっと勉強して二百五十円。
ほら五まいで二百五十円よ。」とさけんでいた。
二百円~百五十円~百円になった。
すると父が、「よし買おう」といった。私はむねがどきっとした。
店の人は「ようまた、がまんしとったね」と、にがわらいをしていた。
どこの人もいせいがいい。ぼうでりんご箱をたたきながら、お客をわらわせている。
そのとなりのとなりへ行った。
まだ若い男の人で、頭にねじりはちまきをしていた。
お客さんが、
「そい、いくらね」といったら、
「十まいで、二百円です」といった。お客さんが、
「そいば五まいちょうだい」といった。店の男が、
「はい。一まい二十円ですから、五まいで百二十円ですね」といった。
「なんがね。百円でしたい」とお客さんがいうと、
「ああ、そうですか。有田では二かける五は十二となろうたとですけど、
長崎では二かける五は十と習うたとですか。確かに十二が正しかとばってん、十でしたか。どうも。」
といった。見ているお客さんがわらった。
店の人は五まいを、「は、よ、わ、れ、ろ」と数えて相手のお客さんにわたした。」

                            (長崎市立上長崎小6年 宮本 京子) 』


・・・どうでしょう、この機知に富んだやりとりは!
裕福でなくとも、大らかで前向きだった、この時代は!

ただ縁日に出向いていくらかのお金で買い物をして帰っただけならば、このような生き生きとした作文は、とうてい生まれてきませんよね。

最近はテントの中で寂しそうな顔をしている店の人も目立つような気がします。
この時代に見られた「相手を笑わせ、気持ちを高めて、物を売る」という上質な商売の伝統は、なぜ廃れつつあるのでしょうか?

ただ値段だけでなく、値段以上の「何か」を添えて売る商売こそ、失われて欲しくない大切な「日本の文化」だと思うのですが・・・・。


おくんちの日だけ歩けた、長崎港駅への貨物線鉄橋 (関連)