数年前、朝日新聞で特集として掲載されたのが下の写真でした。
長年の農作業によるためか、随分と節くれだち、ごつごつとした「手」が写されていますが、これは長崎出身のアーティスト福山 雅治さんが、自分の祖母の手を生前に撮影したものです。
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その写真には次のような文が添えてありました。(一部、違っている場所があるかもしれません)

『 長崎県大村湾沿いののどかな農村。この地で、女性は女手一つで子どもを育てた。
雨の日も風の日もひたすらみかん畑で農作業に励んだ。
楽しみといえば読書くらい。
常に自分のことよりも子どもや孫の幸せを願っていた。
人一倍苦労したはずなのに、いつも笑顔を絶やさない。
一緒にいるだけで、穏やかな気持ちになれる。そんな祖母が少年は大好きだった。
だから親の言うことは聞かなくても、夏休みは必ず祖母の家で農作業を手伝った。
そんな少年のまぶたの裏には、長年の農作業で荒れてしわだらけになった祖母の手が深く焼きつけられている。
少年は18歳になると、ミュージシャンを目指して上京。
やがてドラマやCMにも引っぱりだこの大スターになった・・・・(後略) 』


爪の間にまだ泥がこびりついているかのようなごつごつした手・・・。
人知れず働きぬいた「手」。こういった手こそが「長崎の遺産」ではないか、とふと思いました。

長崎に関連して世界遺産を目指しているのは、現在「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」「九州・山口の近代化産業遺産群」の2つ。
将来、世界遺産として登録されるかどうかは、誰にもわかりません。
そもそも世界遺産の基準についてのとらえ方や解釈も人によって随分と異なるようです・・・。

私個人としては、それは登録された方が「保存」という意味では、非常に重要なことだと思いますが、一方では「世界遺産とは何か?」と問い続けていきたい気持ちもあります。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、県内に分布する教会やキリシタンの史跡などが対象となっていますが、これらの建物は時の豪族や有力者、行政府が建造したものではなく、長い迫害の歴史の中で貧しい暮らしを強いられたカトリック信徒たちが少しずつためてきたお金や、同じくアイルランドやフランス・スペインなどのカトリック国の貧しい農夫たちの浄財によってやっと建てられたものばかりです。

わずかなお金さえ出すことの出来なかった多くの人々は、勤労奉仕作業に従事しました。
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教会を構成している小さなレンガのひとつひとつは貧しい異国の農夫たちのお金によって造られたもので、人の背に担がれて運ばれ、積み上げられたものなのですね。
こういったことは、「案内板」などには一切書かれていないのですが、後世に伝えていって欲しいことだと思います。
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「九州・山口の近代化産業遺産群」の各施設のうち炭坑は、「1平方mあたり50~60トンもの地圧がかかる、湿度95%、気温40℃、可燃性のメタンガスや人体に致命的な打撃を与える一酸化炭素の充満する地底」で家族のために命を削って働いていた男たちの「記録」でもあるわけです。
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そこでは「近代化」の名のもと、女性もまた男と一緒に身を粉にして働きました。
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写真は軍艦島(端島)の貯炭場で働く女性たちです。この時代、女性がツルハシやスコップを手に働く姿はごく普通のことでした。
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働く女性たちの手はたとえ節くれだって荒れていても、きっとどれも美しい「手」であったことでしょう・・・。
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そういった「手」によって我々は育ててもらった・・。
たとえ「世界遺産」になんて登録されないとしても、こういった「手」の記憶だけは「長崎の遺産」としてずっとこの先も残していきたいと思うのです。
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