「数日間、もう死んでもいいと何度か思った。生きる力をくれたのは家族、そして20歳代のひとりの兵隊さん。帽子には「ヤナギサワ」と縫ってあった。」・・・から始まる吉野さんの被爆手記。

戦争とは何か・・・
そして人間とは何かを今の世に問いかけているように思えます。
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柳沢さんが吉野さんに覆いかぶさり身を挺して守ってくれたという、かつての長与駅。
今ではその片鱗すらも無い駅舎となってしまっています。
被爆者救援列車が発着した、その駅に何らかの表示・展示があるかと思い訪れてみましたが、無駄なことでした。
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ひとりの兵隊、柳沢氏。柳沢という苗字は北関東に住んでいた時に多く目にした苗字ではありますが、今となってはどこの誰とも生存しているかすらもわかりません。
もちろん吉野さんの手記を読むことも無く、声をかけたことさえ忘れてしまっていることを予想すると、なんとも虚しい気持ちが込み上げてくるのです・・・。

「生きる力」をくれたのも、ヒトの言葉ならば、「私の願い」の中に書かれている様に、一番辛い思いをさせるのもヒトの言葉・・・
「平和」も「戦争」も、間違いなくヒトの心の中から生まれてきたものなのですね。


「被爆のこと・遺構・建造物」 記事一覧





*(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は戦争の悲惨さと平和の尊さを若者や子どもたちに伝えるです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月