佐世保市(旧北松浦郡)小佐々町楠泊。楠泊港に巨大ホッパーが現存することでも知られる同地は、かつて日鉄矢岳炭鉱時代に大変栄えた場所です。
今では知る人も少なくなりましたが、古地図には、その社宅街や小学校跡地がはっきりと記されています。
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人影も無い山中に段々畑のように拓かれた場所・・・。ここが社宅街として多くの鉱員さん家族が生活をした場所です。
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右側にある道を登っていくと、左側には建ち並ぶ住宅が見えたはずです。それは壮観だったでしょう。
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いつも確認することですが、やはりこの道の途中にも目を凝らすと、石炭の小片が落ちていました。
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かつてこの石段を多くの人々が行き交ったことでしょう。その賑やかな往来がうかがえます。
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ひとつの段も、大変幅があります。ここに何棟の住宅が建っていたのでしょうか・・・
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敷地の中に残された蜜柑の木。人はいなくなっても、毎年実をつけ続けているのでしょうか。
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敷地から南側を見た図です。さえぎるものがなく、日当たりがよい場所だったようです。また、少し海辺からも比較的近い場所にあるので、風もあり、生活をする上では快適な場所だったのではないでしょうか。
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敷地のもっとも高い場所には、コンクリート造の建物が残っていました。水道の施設でしょうか?
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ここから10分ほど下ると、楠泊港に出ます。向こう岸には石炭の積み込みを行っていたホッパーが見えています。多くの人がいたということは、その人口を支える為の食料流通も盛んであったということです。楠泊港は漁港でもあったので、多くの漁船がひしめいていたことでしょう。街にも多くの商店があったはずです。
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街の一角には送炭線の跡が残っていました。
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坑口や鉱業所のあった近くには、今でも多くの住宅が建っています。これらは炭鉱時代に建てられ、その後町などに売却されたものではないかと思います。
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しかし、老朽化が進んでいるためか、空き室が目立ちました。無理からぬことですが。
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そしてやはり住宅のこの近くにも石炭に近いボタ片が無数に落ちていました。
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住む人はいなくなりましたが、炭鉱住宅は見ての通り、まだまだ丈夫なのですが・・・。

青い空と山の緑、そして住宅の白い壁と屋根の赤のコントラストがやけにもの悲しく見えます。
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全国各地から集まってきた、多くの人で賑わった炭鉱町がここにありました。


「佐世保・北松炭田にあった炭鉱」 記事一覧



(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月