先日、かつて池島鉱で働いていたという方からメールを頂きました。
海外で生活をされているというその方は、閉山から10年たった今、池島をとても懐かしく思い出されるそうで、web上で池島の画像やトピックスなどをよく見られているそうです。
幸いにもこの池島鉱は、炭鉱の宿命とも言うべき「閉山後の取り壊し」を逃れ、今もその当時の姿をほぼ原型のまま保っています。
今回は、その方にお約束したとおり、池島鉱において撮影した写真を数回に分けてUPします。他人にはなんでもない1枚の写真が、かつてそこで働き、暮らしていた方にとっては「何ものにも代え難い励み」になるということもあるのかもしれませんね。

ここは坑道からあがってきた鉱員さんたちが入った浴場跡です。ボイラーで沸かすようになっていますね。今ではご覧のように器具置き場として使われています。
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(今回紹介する場所の中には、見学コースにはない、特別に見せていただいた場所も含まれていますが、目的は前文の通りですので、その点についてはご了承願います。)
鉱員さんたちが地底におりる為の竪坑のケージ乗り場。1つのケージで30人が乗れるようになっていたわけですね。
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乗り場前。「ご安全に」は、昼夜を問わず、鉱員さんたちの坑内での挨拶の言葉でした。
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竪坑やぐらの下部は巨大な建屋の中に包まれています。言わば坑道の大動脈ですね。
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保安を呼びかけるポスター。ヤマ(炭鉱)に暮らす全ての人が願ったのが、この「保安」であることは、いうまでもありません・・・
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坑員さんが使ったキャップランプとバッテリー置き場(充電室)。各鉱員さんが使うバッテリーは決まっており、誰が坑内に入っているかを示す役割もしていました。
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荷物置き場であるロッカー。
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集中司令室。もちろん24時間体制で監視を行っていた場所です。
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第1竪坑のやぐら。ケージを昇降させるフライ・ホイールに巻き上げ機からのワイヤーが架かっているのが確認できます。
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やはり櫓は炭鉱のシンボルですね。福岡志免・田川や熊本の万田にある櫓は、九州を代表するものですが、やはり私はこの長崎に唯一現存する(注1)櫓が好きです。
(注1:ただし佐世保市の池野には小規模ながら櫓に似た建造物が山中に現存している)
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巻き上げ機。ただしこれは第2竪鉱のものだったと思います。巻き上げ機がダメージを受けると、たちまち坑内の作業員が帰還できなくなることもあり、かなり頑強な建物の中に収められています。明治・大正期にはレンガ造のものが多かったようです。
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石炭を積み込んでいた炭車。
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操車場に残る作業台車。積まれているのは、坑道内を支えていたアーチ状の枠でしょう。
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近代的な炭車。
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高速人車。
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近代的なフォルムをしていますが、坑内であれば危険なことに変りはなかったでしょう・・・
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ここ池島は九州で最後まで操業を続けた炭鉱です。福岡・佐賀・長崎にあれほどあった炭鉱は、40~50年経った今、その場所すら定かでなくなってしまいました。
しかし、炭鉱で暮らした炭鉱マンとその家族の方たちの記憶の中には今も鮮やかに残り続けていることでしょう。

次回は坑道やその他の場所をUPしたいと思います。
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