長崎市城山町にある城山市場。
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市場がある場所は、城山小学校の近くであり、更に川寄りですので、爆心地からは約400mという至近距離にあたります。まさに「原子野」のど真ん中という場所ですね。(画像は昭和57年の空撮)
城山小~平和公園441

城山市場についての詳しい記録はわかりませんが、おそらく戦後20年代の終わりから30年代のはじめ頃に出来たのではないかと推察されます・・・。被爆校舎の見えている通りの1本(向かって)左が市場のある通りです。
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丸に「認」の印が見えます。公設市場ということなのでしょうか。・・・それにしても見事なレリーフです。木製で長年にわたって風雨に晒されているはずですが、まったく型くずれしていません。
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残念ながら中のお店はほとんど閉まった状態となってしまっています・・。しかし、この場所に立って眺めてみると、賑やかに行き交う買い物客たちや子ども達の姿がまざまざと浮かび上がってきます。そして想像の中に浮かぶお客たちの顔は皆「昭和の明るい笑顔」ばかりです・・・
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このお肉やさんの看板はなかなか意匠を凝らしたものですね。
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丸に「吉」に、丸に「三」。どの店にもこのようなトレード・マークが付いています。各店舗が競うように威勢良く商いをされていたことがうかがえますね。
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高くて採光窓のある天井。
きっとここも他の市場と同じく、昭和40年代頃までは、行き交うこともできぬくらいの人混みで埋まっていたことでしょう。
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その空気感がこの「跳ねる鯛」に象徴されているかのようです・・・
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住居であった2階の窓からはお母さん同士や子ども達同氏の賑やかな会話もあったことでしょう。
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今、都会ではわざわざビルの中に「昭和のレトロな商店街」を作っているのを時折見かけます。そんなことをするより、まだリアルに存在している「昭和のまち」を活性化する方が意義深いと思うのですが、そんなことは誰も眼中に無いのでしょうか・・・
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市場の外観。建物のデザインとしても非常にユニークであり、貴重なものであることは素人目にもはっきりわかります。
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毎日のようにこの近くを通って修学旅行の子ども達が城山小学校の被爆校舎の見学に向かう姿が見られます。
確かに被爆校舎は「原爆の被害」を知るのにはいいと思います。しかし、そこを一歩出ると、現実に戻ってしまうような気もします。「被爆後、70年間草木一本生えないと言われた原子野からいかに街が拡がっていったか」を端的に教えるには、この市場はうってつけと思いますが、きっとそれは非常に難しいことでしょう。
しかし、大変勿体ないことです・・・。
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