稲佐山に登る長崎ロープウェイ、麓駅のすぐ側にある「淵神社」。誰も気にもとめないような神社ですが、幕末頃には広重や北斎が「長崎の景勝地」として錦絵に描いた場所であり、当時としては長崎随一の景勝地として知られていたようです。
画像の鳥居は享保18年(1773)に建てられたものです。この鳥居は約230年の間、いろいろな長崎の歴史を見つめてきた鳥居なのです・・・
DSCF0084



階段を上りきるとすぐにあるのが、「宝珠幼稚園」です。宝珠の名は淵神社の前身、「宝珠山萬福寺」からとられています。
最近では福山雅治さんがここの卒園生ということで知られるようになったようです。
DSCF0077

時折訪れるファンの方のために、同氏の幼稚園時代の写真などを展示されている、大変人情味のある幼稚園さんなのです。この日は「龍馬伝」のポスターと同氏がこの地を訪問した時のスナップを展示されていました。
DSCF0085

おまけに福山氏の楽曲メロディーのオルゴールまで流されているという、徹底したサービス精神が素晴らしいですね!


境内に立つ大きな石灯籠。この石灯籠は今のバス通り辺りが渚であった頃、海中に設置してあったものを移設したものです。
DSCF0080

この石灯籠が歌川広重が描いた「六十余州名勝図・肥前稲佐山」の中にちゃんと描かれています。手前の海岸風景も「飽の浦」「水の浦」といった小さな入り江と集落が味わい深く描かれていますね。
jjj570

また葛飾北斎の描いた「肥前稲佐弁天」の中にもこの石灯籠を見ることが出来ます。
広重も北斎も実際に長崎に来て描いたわけではないと思いますので、この当時「長崎の景勝地」と言えば「稲佐山と、その麓にあった淵神社(弁財天-宝珠山萬福)」であったことがうかがえます。淵神社石灯籠184
そしてこの淵神社も昭和20年8月9日の原爆では壊滅的な被害を受けました。
画像は倒壊した社殿の様子です。(案内板より)
被爆後、境内は付近で被爆した多くの負傷者で埋まりました。
DSCF0075

社殿の裏には原爆でなぎ倒された玉垣が今も積んだままとなっています。
DSCF0087

被爆した楠の大木も、すっかり蘇りましたが、ご覧のように向かって左側の爆心地方向は明らかに枝の成長・葉のつきが悪いことがわかります。
DSCF0090

ロープウェイもリニューアルして、これからも多くの観光客の方々がここに足を運ぶことでしょう。
その近辺は、「長崎を象徴する歴史」がぎゅっと詰まっているの場所なのだ、ということを少しでも知っていただけると嬉しい気がします・・・。


「長崎人物・歴史」 記事一覧





人気ブログランキングへ