平成12年度をもって閉校となった長崎市立 立神小学校。その後10年が過ぎ、校舎は跡形もなく取り壊されてしまっていますが、解体を逃れた特別教室兼プールの壁には今でも鮮やかに児童の共同制作画が残っています。
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閉校直前に描かれた「閉校記念」の絵も残されていました。これは5,6年生のものですね。小体会で準優勝であったこと、修学旅行で産山牧場(熊本)へ行ったこと、6年生は13名であったことなどがわかります。
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4,5年生は三菱重工長崎造船所の立神工場を描いています。小学校の卒業記念として工場を描くのはちょっと不思議かもしれませんが・・・
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立神小を一歩出ると、三菱造船所の巨大なクレーンがよく見えます。同社による立神地区の開発は明治20年代から行われ、明治37年には第8船台まで増設されるなど、この辺りに大工場地帯を拓きます。立神小(長崎市立飽浦尋常小学校立神分教場)の創設が明治39年ですから、この小学校は三菱立神工場とともに生まれたと言っても過言では無かろうと思います。
画面右側のクレーンの下方には、戦艦武蔵を建造した第二船台のガントリー・クレーンの一部がかろうじて残っています。
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2,3年生の作品。最後の年には残念ながら1年生はいなかったようですね・・・。そしてこの校舎ももうありませんが、コンクリート3階建てであったことがわかります。
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昭和33年に撮影された立神小学校です。上下2段に校舎があり、かなり大きな学校であったことがうかがえます。
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現在の同地。
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活況を呈していた頃の立神工場一帯と立神の町。鉄骨の森のようなクレーンとびっしりと建つ家々が印象的です。
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グラウンドの一角に校歌の石碑が立っていました。それらしい歌詞ですね。
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高台にたつ体育館もそのまま残されています。
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地域の方のスポーツの場として利用されているようでした。
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緞帳には校章の刺繍がありました。「鶴の港」を表しているのか、鶴がデザインされていますね。
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ちゃんと「家守(ヤモリ)」がおりました・・・子ども達がいなくなった後を守っているのでしょう。
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敷地付近も、過疎化を象徴してるかのように空き地や倒壊した家屋が目立ちました。
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造船不況を乗り越えた小学校も、過疎化の波を乗り越えることができず、100年の歴史を刻むことができませんでした・・・。

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