フランシスコ病院の裏手、駐車場の側にある1本のタイサンボク(泰山木)。あまり知られることもなく、毎日排気ガスを浴びて可哀相なのですが、この木もまた原爆の生き証人なのです・・・
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近寄って見ると、爆心地側の幹に約2mにわたって焼けこげた跡が残っています。
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被爆から66年、生々しい傷跡がはっきりとわかります。この樹皮をも焼いた熱線が幼子や多くの人の肌をも焼いたのです・・・
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下の画像はフランシスコ病院の前身、「浦上第一病院」の被爆後の姿とタイサンボク(中央)です。
爆心地から1400mの距離にあったこの病院は、爆風により大破、その後起こった火災により内部も焼失しました。しかし生き残った同病院の秋月辰一郎(あきづき たついちろう)医師らにより、同地に本原救護病院が設けられ、懸命の救護活動が続けられました。
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タイサンボクの近くにあるマリア像は天を仰いでいます。秋月医師らの想いと記憶を示すかのようです・・

「 被爆者の証言 ⑪  秋月 辰一郎さん 」 (NBC長崎放送HPへのリンク)

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そのマリア像の足元にひざまずき祈る像・・。なんとか生き残った重傷者たちも、その後致命的となった放射線障害で、苦しみ悶えながら亡くなってゆきました。
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その2つの像が見つめる先には、どこまでも蒼い空があります。
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今でもタイサンボクは、毎年白い花をつけています。


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*(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は戦争の悲惨さと平和の尊さを若者や子どもたちに伝えるです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月