島原城のすぐ目の前にある「姫松屋」の具雑煮(ぐぞうに)は、家族全員のお気に入りであり、年に数度は食べるのですが、その起源が姫松屋さんの箸袋に書かれています。それによると、『 島原の乱の総大将・天草四郎が原城に籠城した際、農民達にもちを兵糧として貯えさせ、山や海からいろいろな材料を集めて雑煮を炊き、栄養を摂りながら約3ヶ月戦った。 これをもとに文化10年、初代椛屋善ェ衛門が味付けに趣向をこらして生み出したのが、この具雑煮の始まり 』だということです。

かつての領主松倉 重政が造らせた島原城。分不相応だったこの城を建設するために重税を課せられた領民は苦しみぬいたと言います。その後、過度の圧政や弾圧はやがて「島原の乱」へとつながっていきました・・・
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島原城内に展示されたキリシタンの墓碑です。復元された天守閣は、今やキリシタン関連の博物館にもなっています。
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具雑煮の起源が一揆軍だという確証はない、とされています。しかし、そうではないという確証もまたありません・・・。戦いも末期になると、戦死した一揆軍兵士の胃の中には海藻しか入っていなかったといいます。兵糧責めにあったのですから、それはそうでしょう・・・
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でも多くの人に喜んでもらっている、この具雑煮は島原の地に平和と安寧を求めた天草四郎と一揆軍が起源として、よいのではないでしょうか。私はそう思います・・・。
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