正確には俳優・アーティストの竹本 孝之さんは、北九州生まれの長崎育ちなのですが、竹本さんは長崎のことをちゃんと「故郷」と表現してくれました。
ということで「同郷の」竹本さんなのですが、通常「同郷」と言っても、せいぜい同県か同市どまりだと思います。
しかし、竹本さんの当時のご実家とは本当に同じ町内ぐらいの近さでした。
そして、私の高校時代の友人で拙著の電子化をやってくれたブレインハーツ社の板井 博社長は、やはり同じ地区の出身であり、アーティストを目指していた同氏は「ミスターCBSソニー」オーディションにおいて見事長崎県代表として竹本氏とふたり寝台車に乗りこんで東京の本選会場に乗りこんだという経歴を持つのです。
そんなご縁もあり、今回こうして拙著「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」へコメントを頂けたのです・・・。

写真は私と竹本さんの母校である長崎市立大園小学校で、私が小6、竹本さん小4の頃のものです。子どもが多すぎて、グラウンドにプレハブ校舎が建っていました・・。
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『 方言には色がある。その言葉を聴くと思い出される、その時その時の景色がある。』


私の故郷、長崎の四季を綴ったこの「僕の子ども絵日記」は、まさしく私が過ごした少年時代の記憶そのものだ。昭和40年に生まれた私は、第二次ベビーブーム世代とでもいうのだろうか。その当時、滑石に住んでいた私が通っていた小学校(大園小学校)には子どもが溢れ、何をやるにも大騒ぎ。町の行事等も大いに盛り上がったものだ。今に比べて遊ぶ道具は無かったが、そのぶん知恵があった。三角ベースや陣取り合戦、ひとりで遊ぶ機会のほうが少なかった時代。高度経済成長の真っ只中、決して裕福では無かった少年時代を過ごした私は、年上の兄ちゃん達と一緒に遊ぶ中で、色々な事を学んだ。遊びの場がもうひとつの学びの場になっていた時代だった。


そんな私も今年46才になった。長崎を離れ、早いものでもう30年になる。帰省する度に町の変化に驚かされるが、それは仕方の無い事なのだろう。


しかし、この「僕の子ども絵日記」だが、頁を一枚めくる度に暖かく、そして切ない気持ちになるのは何故だろう…。

変わり行く長崎の忘れてはならない原風景が、お国訛りと共にこの本には描かれている。望郷の中にある、懐かしいあの方言を思わず口に出してみる。と、知らず知らず笑顔になっている自分に気付くのだ。


昭和の子ども達にも、平成の子ども達にも見せてあげたい、

私の大切な、そして大好きな一冊となった事は間違いない。



2011年 竹本孝之

竹本さん、ありがとうございました。



頂いたコメントは本の紹介サイトの方にもUPしております

「僕の子ども絵日記~ながさきの四季」

竹本孝之さん  Official web site 「 TOMORROW 」



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