口之津という町は、歩けば歩くほど様々な歴史の顔が滲み出てくる・・という感じで、きりがないのですが、最後にもうひとつトピックを紹介したいと思います。

かつての貯炭場であった港町付近を歩いていると、1本の標柱を見つけました。
「与論島民住居の跡」とあります。
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横に設置してある説明板に全てが記入してあります・・・
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台風による1000人もの移住者。「第二の「故郷をつくるという信念」。三池への再移住・・・。現代の日本においても似たような話があるだけに、当時の与論の人たちの心情を察すると、かなり切ないものがありますね・・・・



資料館の中に最後の「与論長屋が移設・保存」してありました。こう言ってはなんですが、非常に簡素な造りでした。横になるとそれでもういっぱいという感じでしょうか・・・。
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この口之津の青い海を見て与論を想い、「第二の故郷としてがんばろう」と思われたのかもしれませんね・・・
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街が賑わい、そこに暮らしが根付き、そこにずっと子孫が住み続けるはずだったのでしょう。誘致されてこの地に来たのに、まさか三井が撤退して仕事が無くなってしまう・・とは、誰も想像すらしなかったのでしょうね・・・。
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与論から来た多くの人や石炭を運ぶ労働者、その他商人や様々な人たちが見つめた口之津の景色・・・。海はあくまで蒼く、その人たちの想いを深く沈めているようです・・・。
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いつかまたこの町を歩いてみたいと思っています。

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