本当はこんなトピックなんてナンセンスであって、長崎には私道・公道を含めると、「これは無理だろ!」・・みたいな急坂が実にたくさんあります・・・。

特に我が長崎市には、いまだにどこへ通じているかわからないような坂の小径が迷宮?のようにつながっていますが、それは単に平地がないからです。したがって基本、長崎市の文化は「坂の小径」文化なのですが、それはさておき、「一番の急な坂は、どこだろう?」とふと考えてみました・・・

基準としては「バイクで登る時、無理じゃないか?と不安になり、下る時、大丈夫か!?と恐怖を感じる」・・という坂です。

まず浮かんだのはここ。長崎市飽の浦町にある坂で、変電所に通じている坂道。下った先が結構大きな道路なので、ブレーキが壊れたら~!と恐怖にかられます。
DSCF0095


画像ではわかりにくいかと思いますが、坂の下から眺めるとこんな感じですね。弱った?原付バイクなんかだと、途中で停まるかもしれません・・・。
DSCF0098

それから、戸町にあるロザリオ幼稚園へ向かう坂道。特に右に折れてからの登りの急さがわかるでしょうか。

DSCF5280

・・・というのも幼稚園は山の頂を造成した場所に建っているからなんですね。しかしここを2~3年間歩いて上り下りした親子さんがいたとしたら、何というか忘れられない思い出になるでしょうね・・・!
DSCF5289

このロザリオ幼稚園のように、長崎で学校や施設などを建てようとする場合、山を切り崩して平地を造り出すしかありません。
写真は、本河内の聖母の騎士学園で、グランドを造成するために信徒の方が勤労奉仕している図です。長崎の各地に残っている多くの教会も、このような信徒たちの手作業で造られたものが少なくありません。
saka207

そして住宅や施設を建設する際に、かつて活躍していたのが、対州馬たちです。対州馬は、段差を器用に上り下りし、障害物もまたいだりできる点で、機械運搬より優れていたといいます。
DSCF1388

しかし、多くのヒトが平地の高層マンションに住むようになって、坂の街に家が建たなくなり、対州馬たちの活躍の場はなくなってしまいました。山を勤労奉仕作業で切りひらく人の姿が消え、そして2009年の初頭に、この対州馬たちのがんばる姿も見られなくなってしまったのです・・・。
DSCF1387

「長崎の街で・・・」 記事一覧

人気ブログランキングへ