チャップリンについては、膨大な書籍が刊行されているようですし、多種多様なバイオグラフィーも飛び交っているようなので、そこには深くは触れず、ただ「 KID (大正10年公開)」という作品にスポットを絞ってみたいと思います。

下は「 KID 」の中のワン・シーンです。かたく抱き合う親子の姿ですが、この2人、血のつながっている親子ではありません。喜劇作品の設定としては、限りなく浮浪者に近いガラス職人が、ふとしたことから捨て子を拾ってしまう、というものとなっています。
しかし、有名なこの写真が表しているように、貧しき職人の目は鋭く険しく、見る者を惹きつける力をもっています。

kid

そこにはやはり、チャップリン自身の生涯が深く滲み出ているような気がしてなりません・・



捨て子の赤ん坊を拾った時には、側溝の蓋を持ち上げて、「赤ん坊をその中に捨ててしまおうか?!」とも思ってしまった男でしたが、やむなく屋根裏の自室に連れて帰ります。
5年後のシーンでは、すっかり「父親」となった男と子どもの姿がそこにありました。

有名なシーンは、捨て子であることに気づいた町医者が警察に通報し、孤児院の職員が無理矢理子どもを施設に連れて行こうとした後に出てきます・・・・
普段はズルをしてガラスを売りつけるようなせこい男なのですが、子どもを奪われそうになると「敢然と」闘う勇ましい父親に豹変します。
貧民街の女性たちも親子に同情し、横暴な役人のやり方をはげしく非難しているのが印象的です。



このシーンを観るにあたり、少しだけチャップリンの生涯と背景を箇条書きで紹介したいと思います。

・チャップリンの生まれた1889年頃のイギリスは不況のどん底にあり、貧困や失業が社会の大きな問題となっていた。すなわち今の日本とよく似ています。

・チャップリンと同姓同名の父は、チャップリンが1歳の時に離婚して家を出ています。アル中であった父は数年後に死去していますから映画の題材ともなっている「父」という存在をまったく知らずに育ちました。

・5歳頃、歌手兼ダンサーであった母は声が出なくなり失業、母に代って舞台に立つようになりましたが、生活は困窮、ついには母が精神を病んだ為に、異父兄弟の兄とともに孤児院に収容されています。この頃、正気を失ってしまった母を慰めようとしたのが、パントマイムの原点となったようです。

・9歳頃から再び母子3人、小さな屋根裏部屋で暮らし始めますが、母が完全に病気から回復することは最後までなかったようです。

・「 KID 」の前年に自身の第1子を亡くしています。このことも作品に大きな影響を与えていると思われます。

・・・こうして振り返ってみると、チャップリンは「父」という家族を知らず、5歳の時には正気を失った母もまた、精神的に失っていた、ということであり、「親子」という実感を体得できないまま成長したということなんですね。よってその生涯は、「親の愛情」というものを、映画づくりなどを通して必死で探し求め続けていた、とも言えるようです。

よって貧しいガラス職人は自分自身であり、父親C・チャップリンでもあるし、捨て子はまた自分でもあり、自分の子どもでもあったということではないでしょうか・・・・・

不況・貧困・夫婦間のもつれ・・そこからくるストレスを暴力や放棄という形で実の我が子に向ける。そのようなことはたとえどんな時代であっても許されないのだ、ということをこの映画は教えてくれているような気がします。そして「親子って何なのか?」を考えさせてくれます・・・・

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