これまで何度かトピックの中に登場した長崎市・勝山市場ですが、きちんとした記事にしたことが無かったので、今回少しだけまとめてみました。

馴染みのお店のおばあちゃんに久しぶりに会って話すと、その後また市場内の店は減ったのだとか。また近所にある長崎警察署の馴染みの方も世代が変わってしまい、ぱったりと来なくなってしまったということでした。
『全然お客さんのこんごとなってしもうた(来なくなってしまった)。来ても買うもんのなかもんね(買うものがないものね)・・・。』との言葉がことさら寂しく聞こえました。
そういうこともあって、この市場のことを少しでもweb上に残しておいた方がいいと思いました・・・。
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タイトル通り、この市場はかつての路面電車の軌道跡を利用して建てられています。市場の中を歩いてみるとすぐにわかりますが、なだらかなスロープになっています。
現在の軌道はこの市場近くの切り通し部を通っていますが、この市場がある場所は軌道があった時代には、電車にとっては急勾配の難所でした。
写真は大正9年に撮影されたものですが、写っている電車の位置あたりに上の鶴田商店さんがある感じか、と思われます。
桜町勝山商店街大正9

昭和21年10月に撮影された同地点です。原爆による影響か、付近の建物や土蔵などがなくなっているようです。
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昭和29年3月に、切り通しと立体交差が完成し、軌道の位置も変わりましたので、その後軌道跡が市場建設にあてられたわけですね。時期的には昭和31年にできた大黒恵比須市場とほぼ同じと思われますので、市内各所に出来た市場は、いわば「戦後復興の象徴」でもあったわけですね。

市場の側面から移した写真です。勝山市場が勾配のあるの軌道上に建っていることがよくわかると思います。(クリックで拡大)
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基礎部分には路面電車時代から使われてきた石組みが残っています。
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スロープの下りきった側から見た図です。
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やはりここも1Fに店舗、2Fに住居という構造になっているようです。きっと往時は大勢の子どもたちで賑わっていたことでしょう。
かつて路面電車が頑張って登っていた斜面が自分の家でであり、お店である。つまり故郷である、というのはここで育った子どもたちにとっては誇らしいことだと思うのですが・・・・。
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