国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部パリ)のボコバ事務局長は25日、「記憶遺産」に日本の絵師、山本作兵衛の炭鉱記録画などを登録することを承認したと発表した。

ユネスコによると、日本人の作品が記憶遺産に選ばれたのは初めて。

九州で炭鉱に関心ある人なら、お馴染みの山本作兵衛さんですが、今朝病院にいると画面にニュースが流れ、作兵衛さんの写真が大きく映し出されたので、思わずモニターの前にかじりつきました!

快挙、ですね!
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この記録画がユネスコによって永久的に保存される、=「価値が認められた」という事実は、自分のことのようにうれしい気がします。
確かに、『炭層の薄い場所では、寝掘りをしていた』・・・と文字を読んでも、リアリティーはないのですが、このイラストを見ると、伝わってくるものが大きいです。今では、考えられない労働環境ですね・・・・
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山本作兵衛さんの画集を地元の古本屋さんで見つけたことがあったのですが、高くてあきらめたことがありました。

私の好きな「写真万葉録 筑豊 ⑩ 黒十字」(葦書房)の終わりの数頁に、山本作兵衛を紹介する数枚の写真が掲載されています。
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山本作兵衛さんは、上三緒炭鉱の採炭夫であった両親を手伝うため、幼い頃から炭鉱に通い、12歳で麻生山内炭鉱のツルハシ鍛冶に弟子入りした後、2年後の14歳から同鉱の採炭夫として働き始めました。
その後、古川下山田、金剛、永谷、麻生綱分、麻生赤坂、神ノ浦、椋本、三菱飯塚、日鉄二瀬中央、日鉄稲築・・と大小のヤマを渡り歩き、長尾位登炭鉱・閉山、解雇の後、炭鉱画を描き始めました。確か、描き始めた最初の頃は、あざ笑う人も多かった・・と読んだような記憶があります。
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表紙裏に掲載されている炭鉱画。
「女性が、傾斜30度の狭い狸穴を60㎏の石炭篭を担いでの昇坑」・・・・自分なら、気持ちはあっても、物理的に出来るかどうか、自信がありませんね・・・
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しかし、なんと言っても、おめでとうございます。この快挙を、名も無き多くの炭鉱労働者全体が、きっと喜んでおられることでしょう・・・・!  『 乾杯! 』
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