鉱区面積9,900アールと佐世保市では随一の面積を誇った日野(ひの)炭鉱。この地域一帯に独特の炭鉱らしい景観を作りだしていましたが、世の景気もこれから、という昭和39年に閉山となっています。
それから現在まで約47年の月日が過ぎました。
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今さら場所を特定してもしょうがないことですが、「日野」の地名があるところが、炭鉱が存在した場所です。
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昭和37年頃の日野炭鉱です。国道には、車もなく、1台の西肥バスと自転車だけが見えます・・・ この辺りは、本当にまったく変わってしまいました。
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坑内から石炭やボタを運び出したヤード。多くの坑木が見えます。
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鉱業所全景。炭車が並んでいるのが見えます。
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わずかに残る日野炭鉱の炭鉱町の面影です。
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こうして見ると、干してあるお布団の柄や洗濯ばさみの色、庭先の花の色・・・など、言わば「生活の色」こそが、この町の色であるように思えます・・・・。
最盛期には800人前後の職員さん、鉱員さんが労働に従事したとあります。多くの家族の方の暮らしがまた、ここにあったわけですね。
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「佐世保・北松炭田にあった炭鉱」 記事一覧


(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月