里山炭鉱・・・・明治時代からスラで採炭し、人力で降炭していたようです。一度は廃坑の憂き目に遭遇しながらも、昭和12年、再開を果たしています。

当時の写真としては、この1枚しかなく、おそらく何の跡も残っていないだろうと思っていたのですが・・・
里山炭鉱068

はたして、今まで長崎県内で歩いてきた炭鉱町跡の中でも、西海市大島についで「炭鉱町の風情の多く残る」場所でした!
予想外のことです。
これはかなり大きな建物でした。幹部用の社宅か、集会場のようなものに見えました。
DSCF6010



リフォームされていますが、しっかりした造りですね。山間の広い範囲に住宅が並んで建っていますが、陽当たりもよく、明るい町並みでした。
DSCF6012

きっと住むのには、快適な場所でしょう・・・。かつて筑豊の炭鉱をまわってきた、という方とお話しすることができました。
DSCF6015

天気が良く、多くの方が立ち話をしたり、犬の散歩などをされていました。
DSCF6016

ここは住宅の上の球場になっている場所です。鉱業所の遺構などはまったく残っていませんが、位置関係からみて、この場所に鉱業所の施設があったことは、まちがいないでしょう。正面は、展望台のある公園となっていましたが、ボタ山の名残かもしれません。
DSCF6017

とある民家の横にあった、かなり古い時代の炭住です。持ち主の方に許可をとって、見せてもらうことにしました。閉山後、炭鉱の払い下げを購入されたとのことで、今は農具置き場として使われていました。
DSCF6018

煙突や入り口の数から、6戸が入居した炭住であったことがわかります
DSCF6021

中は相当に傷んでいましたが、間取りはわかりました。ここは、居間です。正面右が押し入れで、左が仏壇でしょう。
DSCF6023

その反対サイドです。となりとの間にも押し入れがあったようです。
DSCF6024

狭いスペースですが、縁側ですね。見えているコンクリートの台は、洗濯場でしょうか?
DSCF6025

かつての住人の落書きか、この場所の住所が書かれています。
DSCF6026

ここに多くの暮らしがあったことでしょう・・・
DSCF6029

なんでもない、ひとつの古い建物から、多くの「炭鉱」が見えてくるような気がします・・・
DSCF6030

毎年繰り返されたであろう、住人たちの賑やかな暮らし。
DSCF6031

そう考えると、今でも物陰から子どもがふと飛び出てくるような気さえしてくるから不思議です。
DSCF6032

すっかり痩せてしまった板塀。
DSCF6033

朽ち果てつつありますが、こういった建物は、見る者に多くのインスピレーションを与えてくれるような気がします。
里山炭鉱は、昭和39年に閉山となりました。人々が去ってから、もうじき半世紀が過ぎようとしていることになります・・・。
DSCF6034


br_decobanner_20110211171247

「佐世保・北松炭田にあった炭鉱」 記事一覧


(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は、かつてこの地で暮らされていたご家族の記憶を辿る、一助になればという思いによるものです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月