佐藤渓 (本名:佐藤忠義 大正7年広島生まれ ~ 昭和35年大分県湯布院町にて没 享年42歳)

彼の詩や絵について、云々言えるほどの造詣も持ち合わせて無いので、その方面については他のサイトや資料に譲ることにします。

私が、一番に取り上げたいのは、下の「朝日新聞の記事(昭和25~26年頃)」に紹介されているように、畳一畳くらいの箱に車輪をつけたものに住んでいて、中で絵を描いたりしていた・・・という強烈なキャラクターです。
記事は、「お日様のさす方向へクルクルまわることのできる・・・」と、いかにも楽しげな表現をしていますが、本人はいたって真剣で、こういう風に車輪を付けると、「不法建築物」にならない、という苦肉の策であったようです。
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それにしても、箱車をのぞき込んでいるがきんちょ達と、佐藤渓の振り返った表情がいいですねぇ・・・
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箱車などに住んでいない時は、全国を放浪しながら絵を描いています。
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絵を描くのも、キャンパスに限らず、ダンボール片であったり・・・とともかくスケールが他と違う・・・というか、頭の中に既成概念というものが、無いような感じで、おもしろいんですよね。


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独特の宗教観というか、哲学を持っており、数多くの詩をのこしていますが、どれも凡人である私には難解です・・・。

そんな中で、下の「ともだち経」は、とても共感の持てる内容で、教師時代、卒業生の答辞としてアレンジした思い出があります。
佐藤渓詩画集のタイトル「どこにいるのか ともだち」も。この「友だち経」の冒頭の言葉をとっています。
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福岡県飯塚にて
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紙芝居(福島にて)
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亡くなる直前に描いた「湯布院にて」
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佐藤渓の「箱車」を思う時、同じくボーダーレス(定住しなかった)という文化のもと生きていた、「家船(えぶね)」や「山窩(さんか)」といった民を思い出します。

そして、「ヒトにとって土地とは何か?国や国境とは、言語とは、文化とは・・・?」等々あらためて考えさせられるのです。

下は、戦後間もない頃まで見られたという「家船」の一行です。
(平戸市・幸の浦にて)
平戸家船538


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