たいそうなことではないが、著書の初献本先は、  「永井記念館」の2Fにある、図書館、「うちらの本箱」にしました。

(画像は、図書館で、蔵書の整理を手伝う茅乃さん)
uchira702

元々この図書館、故・永井博士が、戦禍の為、十分教育を受けられない子どもたちのために、当時住んでいた家の一室を図書室にしたものです。
その後、「うちらの本箱」は長崎市立の図書館となり、後の永井記念館(1Fは資料館、2Fが図書館)となりました。
(後の永井記念館と、図書館にやってきた親子と話す茅乃さん)
uchira700

uchira698





博士がつくった、ユーモラスな図書室の注意書きです。初めて入ってきた子どもたちは、ここが何か、学校や市立の図書館とは違っているということをを感じたことでしょう・・・
uchira699

当時、本は貴重なものだったので、いつも大勢の子どもたちが、この図書室にやってきたといいます。
uchira701

博士は、それを隣の如己堂から、うれしそうに眺めていたそうです・・・
DSCF5464

3人が暮らしていた如己堂の内部です。
DSCF5463

3人の側で見守っていたマリア像がぽつんと残され、今も祈っています・・・
uchira703

「うちらの本箱」には、今でも毎日多くの子どもたちが通ってくるそうです。

そして、まだこの「2畳の部屋」を見たことがない方は、どうぞいつか見に来てください。きっとその2畳が、何かを語りかけてくるはずです・・・・。
DSCF5459




br_decobanner_20110211223353