正確な資料がweb上からは探せませんでしたので、もしかすると漏れがあるかもしれませんが、一覧にしてみました。

今月末で統合などにより閉校となる小中学校、高等学校です。
(各学校のHPにリンクを貼っています)

上五島町立太田小学校

上五島町立仲知(ちゅうち)小学校
(*サイトが大変重い状態になっているようです)

平戸市立志々伎(しじき)小学校早福(はいふく)分校

平戸市立大川原(おおかわら)小学校

平戸市立宝亀(ほうき)小学校

対馬市立加志々(かしし)中学校

佐世保市立旭中学校

佐世保市立花園中学校

壱岐市立武生水(むしょうず)中学校

壱岐市立渡良(わたら)中学校

壱岐市立沼津中学校

壱岐市立初山中学校

壱岐市立鯨伏(いさふし)中学校

壱岐市立勝本中学校

壱岐市立箱崎中学校

壱岐市立那賀(なか)中学校

壱岐市立田河中学校

壱岐市立石田中学校

長崎県立松浦東高等学校

長崎県立富江高等学校

長崎県立野母崎高等学校


その中のひとつ、平戸市立宝亀小学校を訪れてみました・・・・
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宝亀小学校のすぐ近くに、「長崎の教会とキリスト教関連遺産」として世界遺産のリスト入りをしている「宝亀教会」があります。
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この場合、「すぐ近く」とは言え、そんな近くではない・・・と思うのが普通ですが、この宝亀教会と宝亀小学校、下の写真のように本当にすぐ隣りに建ってます。(グランドから見えています)
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カトリック教会は、すぐ横に保育園などの育児施設があることは、多いのですが、この宝亀地区のように、教会、保育園そして小学校が小さな集落の中で寄り添うように立っている・・というのもめずらしい気がしました。
内部は見事なリブ・ヴォールト天井となっています。静かで、風の音だけがかすかに響いていました。
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保育園です。小学校と教会の間にあります。
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宝亀地区の信徒は、外海地方から移住した潜伏キリシタンの子孫の方が多く、明治20年に紐差(ひもさし)教会に赴任したマテラ神父が教会建設の指導をし、同31年に宝亀教会が完成しています。その費用は、約50戸の信者全員で捻出し、不足分はマテラ神父が祖国フランスへ寄付を募ったりして集めたそうです。資材の搬出や運搬なども信者が行ったそうで、それはそれは大変なことだったでしょう・・・
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これは戦争も深刻になってきた昭和14年に宝亀教会前で撮られた神父さんと青年たちの写真です。
戦争の影は、こんな平和な里にまで押し寄せてきたわけですね・・・神父さんはどのような思いで、戦場へ向かう青年達を見送ったのでしょうか・・・
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宝亀教会・正面の壁の上部にあるマリア像ですが、この像が示すように、この宝亀地区は本当に小さな集落なのですが、みんなで子どもの安全を守り、育てていこうという空気感がありました。
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保育園内にある像ですが、子を見守る母親・・・というふうにも見えますね。
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校舎敷地からグラウンドへ行くのに、細い道を横切らないといけないので、校門前には、ご覧のように児童に注意を促す標識や看板、ペイントなどがたくさん残っています。
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その気遣いは、校舎近辺だけでなく地区を歩いても感じることが出来ました。
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おそらく校区となっているのは、小さな集落だと思うのですが、昔から地区の人みんなが子ども達を見守ってきているのでしょう・・・
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学校の近くにある商店。これは地区にとっては、コンビニなんてものじゃないでしょう・・・
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これは小さな郵便局
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保育園前の掲示板には、近く「閉校式」があると書いてあります。
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校舎近くの木の芽やつぼみは膨らんできていますが、この春、桜が咲く頃、ここに子どもたちのにぎやかな声が響くことはありません。
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ずっとマリア像たちが見つめてきた、このグラウンドの子どもたちの姿も、もうすぐなくなってしまいます・・・・
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ヒトが土地に渡ってくる。土を耕し、畑を開き家を建て、そして教会が学校が建つ・・・・暮らしとともに郵便局やお店が出来、バスが通る。そこに文化が芽吹く・・・・そのシンプルで尊いヒトの集落から学校が消える・・・・子どもの声がしなくなる・・・
地区の人たちの心情を察すると「切ない」というような言葉では、表しきれませんね。




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