木下 孝氏著 「長崎に眠る西洋人」より、炭鉱に関係した人物を調べてみました。ただし、トーマス・グラバーはあまりに有名なので、割愛します。

「ニールズ・ルンドバーグ」Nields Lundberg ?~1903(68歳)スウェーデン・坂本国際墓地

墓石にも刻まれているようですが、自称「チャーリー・ブラウン」という英国風の名で、長崎では知られていました。というのは、当時スウェーデンは、安政の修交通商条約加盟国ではなかったためです。

高島炭鉱には、1876年から1883年までの、約7年間、坑内坑夫長として働いています。
この時代の高島鉱というのは、経営が佐賀藩から官営となったばかりの頃です。
DSCF4651資料によると、このルンドバーグ、スポーツ万能かつ正直で、思いやりのある人物として知られた・・とあります。
また好奇心旺盛で、当時外国人禁止であった雲仙に登り、上田屋という温泉旅館に泊まったそうです。
また、小浜温泉にも入ったという記録も残っているとか・・・

そしてルンドバーグは、フリーメイソン団の熱心な会員だったとか。

そういう人物にとって、納屋制度がきびしく、囚人などを用いていた炭鉱という場所は、坑内鉱夫長であればこそ、耐え難いものだったのではないでしょうか・・・・





「W・ホワイトリー」W.Whitely ?~1897(?歳) アイルランド系アメリカ人・坂本国際墓地

石炭検査官だったちうこと以外、詳しいことはわからず、「USA 99」という墓標が残されているのみです。遺骨は他所へ改葬されたようです。
この時代は、高島炭鉱の経営は三菱に移っています。
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「ウィリアム・J・ブラウン」WilliamJ.Brown ?~1882(42歳)アイルランド・ベルファスト 大浦国際墓地

「グラバー商会」経営の高島炭鉱積み出し部で数年間勤務した後、「インペリアル・ホテル」の経営者となりましたが、同ホテルで病死しています。
おそらく三菱経営となって間もない頃、操業に携わったものと思われます。
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いかにも、墓地!?・・・といった感じの、大浦国際墓地
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「エマ・ウェイク」Emma Wake 1874.4月~同年10月(6ヶ月)英国

1874年官営時代の高島炭鉱坑夫長ヘンリー・ウェイクとその妻メアリーの娘。
生後、わずか半年で亡くなってしまった娘さんのお墓です。両親の悲しみは、いかばかりだったでしょうか・・・・
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著書も書いていますが、墓石の前に立ってみると、「石が語りかけてくる」ような気がします・・・
合掌

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