近頃、かなり感覚がボケてきたと実感するのですが、それでもやはり冬の寒さは、こたえます。特に子どもに対しては、インフルエンザも流行っているし、毎晩気が気ではありません・・・。

↓画像は被爆後の長崎市橋口町付近。原子野に廃材を集めて人々がバラックを建て始めた頃のものです。1945年の冬、人々はこの廃墟の中のバラックで、どう冬を越したのだろう、年を越したのだろう・・・と思ってしまいます。
廃墟のバラック平和・橋口137

同じく、浦上川河川敷のバラックと畑です。わずか65年前、この「無」の状態から、人は街は立ち上がっていったわけですね。
今、町の様子は一変しましたが、不況の嵐と閉塞感に襲われて、沈んでいるようにみえます。
来年こそは、人が街が、明るい顔で一歩一歩、歩き出す、そんな姿があちこちで見られる年であって欲しいと思うばかりです。
浦上河川敷139


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*(説明のためにやむなく資料を引用させて頂いております。目的は戦争の悲惨さと平和の尊さを若者や子どもたちに伝えるです。ご了承のほどお願い致します。今後は現代の世相を鑑みて、ブログとしてのコンプライアンスをより重視してのぞみたいと考えております。2016年7月