「日鉄鉱業所鹿町炭鉱」・・・・佐世保市(旧北松浦郡)鹿町町 歌ヶ浦にあった炭鉱で、昭和38年に閉山しています。

考えようによっては、わずか50年ほど前、ここには、今とは全く異なる街がありました・・。

これは大加勢川の河口にある石炭積み込み港の様子です。
鹿町歌浦小付近091

ボタ山の上から俯瞰で見る図です。多くの炭鉱住宅がひしめいているのが、わかります。
鹿町歌ヶ浦212


多くの炭鉱マンとその家族達が移ってきて、街には人があふれていました。最盛期には3000人の鉱員数をかぞえたそうです。
鹿町従業員089

2010年現在の同じ場所の様子です。
鹿町歌ケ浦港跡1

この画像に見える積み込みコンベアの三角形の柱だけが、残っているように見えます。
鹿町積み込み090

かつての貯炭場は立ち入りができない状態になっています。手前の水路には、わずかにコンクリートの台座が残っていました。
鹿町歌ケ浦港跡2

港のすぐ近くには、かつての炭鉱住宅が、公営住宅として今ものこっています。しかし、当時の炭鉱の面影を今に伝える物は、この炭鉱住宅のみであるようです。
鹿町歌ケ浦港付近炭住

かつての鉱業所跡は、歌浦小学校が建っています。この敷地の広さが、かつての繁栄を物語っているようです。
鹿町歌ケ浦小学校

人口の減少とともに必然的に子どもの下図も減っているようですが、50年前までは、ここにも多くの子どもの姿がありました。
これは昭和18年に撮影された歌浦保育所の様子です。
鹿町歌が浦022

そして、これはカトリック教会。画像から推察すると、おそらく旧大加勢教会だと思われます。とりわけ鉱員の中に信者の方が多かったそうですから、現在残っている教会の近くには、鉱員家族の方の住む集落があったのだと考えられます。
鹿町教会209

保育所や教会以外にも商店街やいろいろな施設が建ち並んでいました。
これはこの地区にあった「加勢会館」という映画館です。映画以外にも、芝居や演劇、浪曲などの興行が行われ、多くの住人達で賑わいました。
鹿町加勢会館044

その嘉永会館の右側に見える建物がバスセンターです。当時は、江迎-鹿町-佐世保のバス路線は常時満員の盛況だったようです。
鹿町大加勢026

加勢会館は跡形も無くなっていますが、そのバスセンターだけは、どうにか取り壊しを逃れて、今もバス乗り場として利用されていました。車庫には西彼(さいひ)バスの姿が見えます。
鹿町歌ケ浦バスセンター

その乗り場の向かいにあるのが、大加勢簡易郵便局。局の方は、60年、この地に住んでおられるという方で、親切にいろいろと話してくださいました。
鹿町歌ケ浦簡易郵便局

・・・こういう場所が北松地区には、まだまだ残っています。かつて、人や街に活気があり、「血が通った」コミュニティがそこにあった頃・・・それをたずねて歩くと、この北松という場所は本当に豊かで奥深い場所だということがわかってくるのです。


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