西海市・大島に三井が開発した大島炭鉱があった時代、島には炭鉱で働くために、多くの人が移り住んで来て、街は大変賑わいました。
大島鉱業所二坑

しかし、その後石炭不況とエネルギー革命の波にのみ込まれ、ついに昭和45年、大島炭鉱は閉山しました。
閉山後、2万人だった人口は6千人に激減しました。

その後島の立て直しをはかるために、鉱業所跡地などを利用し、企業を誘致。その結果、大島造船所が設立されました。
人口も一時は8千人台まで回復したものの、その後再び襲われた造船不況により再び6千人台までもどされることとなりました。

それでも島民の人々は窮地に屈することなく、イチゴなどの農産物の開発をしたり、焼酎の醸造所を造ってオリジナルの焼酎を売り出したり・・・と島の再生に向け、努力を重ね続けました。

また、大島造船所も、独自の手法と情熱で持って、他では真似のできない取り組みを続けた結果、現在でもコンスタンスに受注を受け続けている会社として島の経済を支え続けています。

その大島造船所の最も大きな特色として完成した船舶の引き渡し式(命名式)があります。船は完成まで約八ヶ月かかります。約一年間、その誕生までを島民達に見守られてきた新船は、その命名式において、ほぼ全島民から見送られてドックを出ていくというのです・・・・。

そのエピソードを人づてに聞いた谷村新司さんが、大島に出向き、命名式に参加したりして非常に感銘を受けた結果、誕生した楽曲が「マカリイ(古代ハワイ語で星の航海者の意)」なのです。

詳しく知りたいと思う方は、大島造船所web内の動画をご覧下さい。

http://www.osy.co.jp/makarixi/

谷村新司 「マカリィ」


大島に限らず、端島や池島、福島など、島の炭鉱で働いていた全ての炭鉱マンとその家族の方に捧げられた楽曲であるように思えます・・・。



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