極寒?の日。今日は主に製造業の仕事をする。営業・取材・制作など全て自分でやらなければならない、そして全責任も自分にある・・・。この仕事環境は私に向いていると思う。まぁ昔の職人さんなんてのは、皆そうなんだと思うのですが・・・。

最近「世界遺産」や「文化遺産」、「風景遺産」など「遺産」という言葉がよく使われるようですが、よく考えるとこの言葉の定義もなかなか難しいようです。しかし、「遺産」という定義がヒトが考えたものである以上、それはヒトの為になる、プラスであるものであるべきでしょう・・・。つまりは現在の人々と今後の未来を生きる人達の為に残すべきもの・・。
ここ長崎市ではここ最近、被爆時、救護所となった新興善小学校校舎が取り壊され、また活水女子高校にある被爆校舎も取り壊す予定であるということです。市内に残されている被爆校舎は城山小学校のみで、毎年ここには全国から多くの修学旅行生や来崎者が訪れているのですが、ここが幸運にも残されたのは行政の働きではなく、犠牲となった児童の保護者達の熱心な保存運動によるものらしいのです。・・・こういう形でしか被爆遺構が残されていないというのは、誠に残念なことです。
↓被爆直後、負傷者を大村などの病院へ搬送する最前線・駅となった「JR道ノ尾駅」。この市民にとって大きな意味を持つ小さな古い駅舎も取り壊される日が近い将来、来るのでしょうか・・・・。

DSCF1304


長崎市の史跡に「ミゼリコルディア本部跡」というものがあります。これは、市民の手で社会福祉を行うという、ポルトガルで発足されたカトリック組織の跡です。ミゼリコルディアとはラテン語で「慈悲、いつくしみ」という意味で、その支えとなる「7つの慈悲」とは、『 飢えたる者、渇いた者、旅人、裸の人、病者、獄中の人、死者の各々に対する慈悲 』を指します。日本各地において同会が活動していた時代、ハンセン病などの重症患者や貧苦に苦しむ人々を助け、ゆくあてもない孤児や乳幼児などをひきとって育てたそうです。その精神性は「ド・ロ神父(フランス)」の活動にも見られ、後のゼノ修道士らの「聖母の騎士修道会(ポーランド)」の活動につながっていたのでしょう。・・・・こういう目に見えない精神的な「遺産」も、今ではほとんど知られることがありません。インターネットで「ミゼリコルディア」や「7つの慈悲」を検索してもほぼ全く何もヒットしません。長崎純心女子高校に「ミゼリコルディア部」というボランティア活動を頑張っている高校生達のグループがあるのですが、これも残念ながら知られていないし、その背景にある精神性も理解されていないようです。

・・・・こんな極寒の夜、家のそばで見かけた野良猫は、温かく眠る場所や食べ物があるのだろうか・・・と気になります。